REPORT | 展覧会
2017.12.25 15:43
現在、21_21 DESIGN SIGHTで行われている「野生展:飼いならされない感覚と思考」(2018年2月4日まで)のメッセージは、「人間の奥にある野生を見直そう」というものだ。本展のディレクションを務めた思想家で人類学者の中沢新一は、「人間の管理が進み、一挙手一投足がSNSにアップされる現代社会のなかで、私たちはどうしたら野生を取り戻していくことができるのか」と問う。
日本人の本来の野生を探して
中沢は、「みんなが同じような世界に生き、同じような体験をする時代。一見すると人の心はすっかり飼いならされているように見える」と言う。中沢によれば、野生とは人間の心のなかに宿っている本来の感覚と思考である。現代社会のなかで管理があまりに進んで(飼いならされて)しまうと、「自由な発想や想像の跳躍を抑え、私たちの文化を息苦しいものにしてしまうのではないか」と問う。
「私にとって野生とは、若い頃から重要な概念でした。野生というと粗野で雑なイメージがあるかもしれませんが、そうではない。フランスの人類学者レヴィ・ストロースが『野生の思考』のなかで紹介したように、未開社会や、農民漁民がもっている野生はとても上品でエレガントなのです。そこには、人類の最も深い思考が純粋なかたちで現れています」。
中沢が日本で最初に出会った「野生」は、山梨県の丸石神である。急流を下るうちに丸く造形される丸石は、縄文時代から神として祀られてきた。特に、甲州(山梨県)の笛吹川沿いには多数の丸石神を見つけることができ、父である民俗学者の中沢 厚らがこれを研究したという。当時学生だった中沢は、「これこそ、野生的なもののエレガンスを象徴している」と感じたそうだ。
その後、南方熊楠の仕事にも出会う。植物学・細菌学に大きな足跡を残した明治の博物学者・南方は、仏教についても深い知識を持っていた。特に「縁起」という概念によって、一見無関係に見えるようなものも影響を及ぼし合っていると考え、独自の科学方法論を確立したのである。
「南方は、人が心や頭に野生の状態を取り戻すことによって、それまで見えていなかった物事の結びつきが見えるようになり、新しい発見や発明ができると考えました。彼が目指したことは日本人の野生と深くつながっている」と中沢。続けて、「南方は、文明によって飼いならされ、パターンに収まってしまった日本人の感覚や思考を、自らの人生と研究によって明らかにしようとしました。私はこの人の研究を続けるうちに、日本人のなかに、ある野生のかたちが存在することを知りました。そしてそこから、とても美しくて粋な表現が生まれてくることを学んだのです」と語る。
誰しものなかに野生は存在する
ギャラリー2では、そうした中沢の視点にもとづいて集められた、さまざまな作品や資料が展示されている。
フランスの詩人でシュルレアリストのアンドレ・ブルトンは「通底器」のなかで、夢を見ているときなど秩序が乱れ、心の「野」が開かれているときに、意外な領域が結びついてしまう様子をモデル化した。ここでは、「鳥獣人物戯画」や土偶、埴輪のレプリカと一緒に、製薬会社のマスコット「ケロちゃん」や「ハローキティ」が並ぶという不思議さがあるが、これも本展の企画ならではだろう。中沢はこうした「かわいい」表現を探求する日本人の感性は、出産・豊穣・再生といった野生の本質に結びついているという。
また、無数の木の実を突き刺してつくった大型作品「獣の遠吠え」(田島征三)や、手びねりという古代の手法で現代の道具をつくる「道具とつくることのインスタレーション -case1-」(渡邊拓也)など、身体や手を使った膨大で緻密な作業を通じて、人間の内側に隠れていた野生を引き出そうという試みもある。
アーティスト・鈴木康広は、過去の展覧会に出品した作品「始まりの庭 水の切り株、土の切り株」を再構成している。会場で展示されているものは作家の手を離れて、10年間も屋外に放っておかれたなかで、どこからか入り込んだ植物の種が芽生え、いつの間にか生い茂っていたという、生命の強靭な野生をそのまま提示した作品である。
そして展示の最後を締めくくる、しりあがり寿「野生の現出」は、茂みのなかから何らかの「野生」が姿を現すという映像作品だ。“それ”が現れるタイミングはランダムに設定されており、関係者によると約5分に一度とのこと。一度隠れてしまった野生を見つけるのは難しいのかと思いきや、突如ひょっこりと姿を現わす。最後に、しりあがりらしいユーモアを楽しんでほしい。
中沢は「生まれたばかりの赤ちゃんにも野生はある。それは死に絶えてはおらず、今も私たちの奥に生きている」と言う。外からの刺激、あるいは自身の内なる声や欲求と向き合い、素直に反応することで、抑えつけられていた野生が解き放たれ、新しい創造を生み出すかもしれない。急流を転がりながら造形される、美しい丸石のようにだ。
21_21 DESIGN SIGHT 企画展「野生展:飼いならされない感覚と思考」
- 会期
- 2017年10月20日(金)〜2018年2月4日(日)
- 休館
- 火曜日、年末年始(12月26日〜1月3日)
- 会場
- 21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1、2
- 詳細
- http://www.2121designsight.jp/program/wild/