問屋の視点から見た暮らしの変化
問屋として、道具やうつわを扱っている。「クラフト」の定義には「移りゆく、そのときどきの生活に合わせてつくったもの」という項目が入るべき、と思っている。止まらず、日進月歩を恐れない、というべきか。しかし時代に寄り添うばかりではなく、良いものは使われ続け、次世代に伝わっていくのもクラフトだ。
それでも、「便利」というスピード感に満ち溢れた世に生きていると、否応なしに進化し、忘れ去られていく道具もある。問屋たるもの、モノのことを考え、伝えるのが仕事ではあるが、その根底は「いち生活者」でなければ、うわついたものでしかありえない。
私たちが失ったかもしれない、「ひと呼吸」
・テレビのチャンネル
・湯沸かし器およびガスレンジ
・電話
この3つの共通点がわかるだろうか?
「ひねる・まわす」が「押す」に変わったモノだ。
昔、チャンネルはまわすものだった。「チャンネル争い」という言葉が健在だった頃、チャンネルを奪いあっている間に、つまみが取れてしまい、親に怒られた人も多いのではないだろうか。それがボタン式になり、リモコンになった。録画ができるようになり、ネット配信なども普通になった今ではチャンネルを争う感覚も薄れてきて久しい。
湯沸かし器やガス。ガスは、カセットコンロの「ひねる」動作が健在だから、「ひねる」ことを知っている若者のも多いかもしれない。蛇口に関しては、泡だらけの手でも操作できるように、バーの上げ下げのものがほとんどだろう。最初にひとり暮らしを始めたアパートはかなりの築年数だったので、蛇口はひねらばならず、ガスもそうだった。6年後に引っ越した先も古い物件だったが、多少リフォームされており、ガス湯沸かし器は、押せば湯が出るものだった。呆れられそうだが、あのときの「押せば出る」ことがどんなに便利か、えらく感動したことを今でも思い出す。
ダイヤルをまわさなくなった今、ヒッチコックの映画の「ダイヤルMを廻せ!」というタイトルも死語になってしまった。電話のダイヤルで思い出すのはネットのない時代のチケット取り。予約電話番号は、いちばんダイヤルが戻るまでに時間が掛かる、0か9の番号が入っていた。そのダイヤルが戻る時間の長かったこと……。
「固定電話で話しているとき、ふと沈黙が訪れ、次に何を言われるのかドキドキして、しばらく黙って待てるけれど、携帯電話で沈黙すると、電波が切れたかと思って『もしもし』と、慌てて確認してしまって、情緒なんてありゃしない」というエピソードは、Mさんというロマンチックな木工家の一言だが、実に核心を突いていると思う。
この3つのものが健在のとき、日々の作業で、「ひねる・まわす」を何回、していたのだろうか。
今も、「ひねる・まわす」生活を続けていたら、人は一生に何万回、この動作をしただろう。そして、そのひねることにより、握力はどのくらい付いただろう。脳みそは、どのくらい刺激されただろう。
押すことで時間は短縮されたが、意識しないほどの「間合い」や頭をまっ白にする「ひと呼吸」が減ったはずだ、と私は思っている。ひと呼吸×何万回。「ひねる・まわす」の積み重ねが、何かとても重要だった気がしてならない。今後も「昔はこうだった」ことが増えていくのだろう。
進歩して、得ることと失うこと。失ったことを悔やむのではなく、戒めとして、生かしていきたい。
【前回のおまけ】
10月1日まで開催しました「日本の道具3鍋から始まる秋支度」、ありがとうございました!
連載でご紹介できませんでしたが、会場で好評だった「コキリダシ」というミニ七輪。今後、定番でリビング・モティーフに並ぶ(かも)しれません。
これは「切り出し」という手法。珪藻土の粉をつなぎを入れて固める方法もあるが、「切り出し」は失敗の許されない、手間のかかるつくり方なのだ。
ふだんのうるし〜安比塗漆器工房の週末3日展
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中野のモノ・モノで、漆のイベントをいたします。(モノ・モノは、私が大学の時に授業を受けた秋岡芳夫さんによるスペースです。)食事を楽しみながら、漆器の楽しみ方やお手入れのなども学べます。1部と2部の全席入れ替え制。各回ともお席は12名様分をご用意しています。予約は下記Webサイトより。
- 会期
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10月20日(金)21日(土)22日(日)※終了しました。 - 会場
- モノ・モノ(〒164-0001 東京都中野区中野2-12-5 メゾンリラ104)
- 予約・詳細
- http://monomono.jp/?p=2818