写真提供/えちごトキめき鉄道
2015年3月に開業した「えちごトキめき鉄道」は、妙高はねうまライン(直江津駅から妙高高原駅までの38.0㎞)と日本海ひすいライン(直江津駅から市振駅までの60.3㎞)からなる民間の鉄道会社。今年4月には新造の観光列車「えちごトキめきリゾート 雪月花」が運行を開始し、日本海や妙高の雄大な景色や地元の食材にこだわった食事を楽しむことができます。国内外の注目を集める同鉄道の車両や駅舎のサイン計画にはAXISフォント が使われています。設計に関わった建築家で株式会社イチバンセン ネクストステーションズ 代表取締役の川西康之さんに開発の経緯やAXISフォントを選んだ理由を聞きました。
川西康之さん Photo by Kaori Nishida
競争力ある観光を目指して
「えちごトキめき鉄道」はどういった経緯で設立されたのでしょうか。
2015年春に、北陸新幹線(東京−金沢間)が開業しました。基本的に整備新幹線に並行する在来線は廃線にするのが国の方針ですから、新潟県の場合は旧北陸本線と旧信越本線が廃線になる。しかし、それらは大切な“地域の足”でもあります。地元がお金を出し合って第三セクターによる鉄道経営を行うことにした。それが、えちごトキめき鉄道会社(以下、トキ鉄)です。
えちごトキめき鉄道 妙高はねうまライン
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
えちごトキめき鉄道 日本海ひすいライン
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
“地域の足”としての役割のほか、観光列車をつくるというのは設立当初からの計画だったのでしょうか。
はい。新潟は北陸新幹線と上越新幹線という2本の新幹線が通っているにもかかわらず、県内へ入る観光客は10%減というデータが出てしまったのです。それを踏まえて、伸びしろとしての可能性は観光しかないというのが県の考えです。近隣では長野、金沢、富山といった大変魅力的な観光地が国内外から観光客を集めている。われわれも一本突き抜けて気合の入った観光列車をつくり、新潟県の上越・妙高地域の情報発信をしたい、と。
トキ鉄の経営は正直、厳しいです。なぜなら鉄道とは基本的に都市と都市を結ぶ大量輸送が利点。2両編成の運営という少量輸送では大きな利益を生みません。しかし幸いにもトキ鉄の旧北陸本線には、西日本と東北・北海道間という大動脈を走る貨物列車が残っています。それが唯一の稼ぎ頭というなかで、華のある鉄道をつくりたいという考えが、観光列車の計画にはありました。
新しい視点と体験をもたらす
そうして生まれた観光列車「雪月花」はどういったコンセプトなのでしょうか。
新潟県の泉田裕彦元知事は世界のいろいろな鉄道を旅行されていて、「雪月花はスイスやカナダの観光列車のレベルを超えてもらいたい」と仰っています。新潟の魅力は決してスイス・カナダに負けないんだという意気込みです。
沿線の赤倉や妙高高原といえばかつては東京の大使館や富裕層の避暑地やスキーリゾートとして知られた著名な観光地です。そこで雪月花のお客様も新幹線のグリーン車またはグランクラスに乗って観光地に向かわれる層を想定し、最高の車両とお食事を用意しています。
国内最大級の側窓と国産木材の家具に囲まれた車内(1号車)。全座席が日本海側・妙高山側を向く。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
車両は大きな窓が特徴的で、斬新なデザインですね。
中古車の改造ではなく新車の開発だったため、自由にプランをつくることができました。設計の最大の目的は、「お客様に新しい視点をもたらすこと」です。旧信越本線は明治時代に東京と新潟を初めて直結した鉄道で、120年くらいの歴史があります。自然の地形に沿って山間を走り、トンネルが1本もないというのが特徴です。当時の技術ではそれしかできなかったからなのですが、裏を返せば車窓から見える景色がとてもよいということ。この新しい列車では床の高さや座席の向きを変えてお客様に見たことのない眺望体験をしていただこうと考えました。
例えば、1号車と2号車にある展望ハイデッキは、通常の床から60センチ高く、床から天上近くまで窓ガラスとなっています。しかも途中スイッチバックにより進行方向を変えて走るので、どちらからも妙高山が目の前にぐんぐん迫ってくるような風景を楽しむことができます。
また車両の片側に海と妙高山が見えるので、1号車は思い切って片側に座席の向きを振りました。2号車はレストラン・カー形式の座席配置ですが、通常よりも3°ほど椅子を窓側に振っています。それによって景色の流れ方が全く変わりますし、ほかの人と目線を合わさない工夫でもあります。
2号車の展望ハイデッキ・コンパートメント(最大定員4名)。「前を向いて走る展望のコンパートメント(専有)デッキは僕が知る限り世界で唯一なんですよ」と川西氏。予約もまずこのコンパートメント席から埋まっていくという。1号車の展望サロンは誰でも利用できる。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
1号車は日本海と妙高山側を向くラウンジ形式の座席配置。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
2号車はレストラン・カー形式の座席配置。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
もう1つのポイントは車内を歩き回っていただくということ。観光列車というのは2、3時間の行程であることが多いんです。だいたい午前中2時間、午後2時間というコースで、暗くなると成り立ちません。この2、3時間のあいだに、次から次へと新しい景色が現れて、食事を楽しみ、駅に停まれば地元の物販や面白い体験があって、最後に「あっという間だったね」と言っていただかなければならない。スイッチバックのおかげで、車両は何度か向きを変えます。その都度、客室乗務員はお客様に「前に来てください。今度はこっちに来てください」とどんどん声をかけますし、お客様がすぐ立てるように椅子もゼロから設計しました。
2号車の椅子。片側の手すりを削って立ちやすくし、背もたれのクッションを一部削っているのは、乗り出して左右の車窓から景色を見てもらうため。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
座席は、新幹線のグランクラスやグリーン車よりも広い座席幅を確保しています。座席の前の長さもグリーン車やフランスTGVのファーストクラスと同じです。座席やカウンター、テーブルなどの家具は天童木工につくってもらいました。また車内にはフリースペースもあります。カフェ・バーで立ち飲みもできますし、デッキ付近のスペースにはショーケースもあります。2両編成、わずか60平方メートルの空間に面白い仕掛けを散りばめて、お客様に立ち回りながら発見していただこうというわけです。
2号車のカフェ・バー。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
特に見てもらいたいこだわりなどはありますか。
圧倒的にほかと違うのは、可能な限り新潟県のものづくりに参加してもらったということですね。この車両は新潟県の会社がつくり、内装には越後杉や桜、ブナなど新潟に関わりの深い木材をエリアごとに使い分けています。金物はもちろん燕三条のものです。
雪月花が走る沿線は新潟のなかでも特に豪雪地帯で、積雪は3mを超えます。ひさしも風除室もない、足拭きマットも小さなものしか置けず、車両内は厳しい環境にさらされます。通常は車両の床に塩ビシートを敷いてありますが、われわれは「おもてなしの玄関先」でそれを使うわけにはいきません。悩んでいたところ、地元ですばらしい瓦に出会いました。大きなつららが落ちてきても割れないほど強い越後の安田瓦です。これを陶板にして床に敷き詰めることにしました。鉄道車両はカーブする際に壁も床もねじれるため、タイルの間はモルタルではなく樹脂で埋めています。そうしたノウハウについても、経験豊富な水戸岡鋭治さん(工業デザイナー。JR九州など多数の車両デザインを手がけている)や新潟の車両メーカー、新潟トランシスの元に行っていろいろと教えていただきました。
安田瓦を敷き詰めた出入口デッキ(2号車)。垂直方向の力には強いが、カッターによる加工で水平方向に力がかかった場合には割れやすく車両メーカーが試行錯誤したとのこと。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
空間を引き締めるフォント
サイン計画にはAXISフォントを使っています。
車両に表記している形式番号はAXISフォントです。そのほか、燕三条でしかつくれないといわれるチタン製焼付の行き先表示板や、車内の座席番号など細かな表記にもAXISフォントを使っています。フォントの太さは、車内および駅のサインはB(ボールド)で、補助的にM(ミディアム)を組み合わせています。
雪月花の行き先表示板、座席番号の表示、車内ガラスドア面の文字など。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
川西さんは2003年に鹿児島県の肥薩おれんじ鉄道のサイン計画などを手がけています。その頃からAXISフォントを活用しているそうですね。
肥薩おれんじ鉄道のときに初めてアクシスフォントを使いました。車両や駅舎といったひじょうに狭い空間のクオリティを高めるには、グラフィックやサイン計画をしっかりやる必要があります。AXISフォントは日本語と英語のバランスがよく、引き締まるのが最大の魅力です。文字を太く大きくしても耐えられる。使っていて安心感があります。
私がかつて働いていたフランスの国鉄ですと、ドイツやイタリア、スペインなどの近隣国圏に入るため三カ国語のフォントを行き先に応じて使い分けています。フランス語は太いゴシック、英語は細め、イタリア語はイタリックという風に明確に変える必要がある。ただ日本の駅の場合は、日本人の利用者が多いため、書体を変えてしまうと逆に認識しにくくなってしまうのです。最近の鉄道では、漢字、ひらがな、アルファベットに加えて、ハングルや中国語も併記するところが増えていますが、われわれとしてはできるだけ文字の種類を最小限にしたいと思っています。
肥薩おれんじ鉄道のサイン計画。
2009年には、高知県の「土佐くろしお鉄道」では中村駅の駅舎リノベーションを担当されました。駅舎になんと高校生の自習室をつくったとか。
人口3万6000人、乗降客1000人。そんな中村の駅にしかできないことってなんだろう、と考えました。この駅はお年寄りと高校生しか利用しない。そこでターゲットを高校生に絞ったのです。彼らは卒業したらみんな外へ出ていきます。出ていくときに「中村は良かったな」と思ってほしい。通学で駅を使ってくれる3年間、徹底的に彼らをもてなそうよと提案しました。地元の中村高校は比較的優秀な子が多く、そういった子たちに駅を占拠してもらおうと無線LANと机を備えて自習室を設けたのです。そこにしかできないことや見えないニーズを汲み取るのがわれわれの仕事だと思っています。
土佐くろしお鉄道 中村駅の待合室。四万十ヒノキをふんだんに使った室内は香りがよく、赤みのある木肌と間接照明の効果によって温かみある光で満たされる。駅舎にもアクシスフォントを利用している。
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
川西さんは建築家でありながら車両や駅舎のデザインに関わっている、その理由はなんでしょうか。
今、いくつかの駅や鉄道車両を設計しながら感じるのは、われわれのように建築やまちに携わっている者がもっと鉄道にも関わらないといけない、ということです。これから人口が減っていくなかでよりコンパクトなまちづくりをしていく必要がある。そのとき、環境に対して負担の少ない公共交通としての鉄道の役割、そして駅から歩き回れる範囲での生活や経済というものをもう一度考えていかなければいけない。みんなもそのことに気づきはじめているんですね。フランスには交通権という権利があります。最低限の料金で移動できる範囲内に、買い物や病院、学校があって日常生活に困らないという権利です。今後日本やアジアでもそういうことが求められてくると思うし、建築やまちづくりに加えて鉄道にも関与できる建築家の立場というのはチャンスがある、と僕は思っています。(インタビュー・文/今村玲子)
写真提供/株式会社イチバンセン ネクストステーションズ
えちごトキめきリゾート 雪月花
事業主:えちごトキめき鉄道株式会社
設計デザイン統括:川西康之 + ICHIBANSEN / nextstations(担当:笹井夕莉、姫野智宏)
サービス企画・プロデュース:岩佐十良(株式会社自遊人・里山十帖)
料理監修:飯塚隆太(六本木リューズ・シェフ)+ 青木孝夫 (割烹鶴来家)
車両製造:新潟トランシス株式会社
営業開始:2016年(平成28年)4月23日土曜日
川西康之/1976年奈良県生まれ。千葉大学 大学院 自然科学研究科デザイン科学(建築系)博士前期課程修了。デンマーク王立芸術アカデミー建築学科 招待学生、オランダ DRFTWD office Amsterdam勤務、文SNCF-AREP フランス国有鉄道交通拠点整備研究所勤務などを経て、現在、 株式会社イチバンセン ネクストステーションズ 代表取締役。
AXISフォントは和文フォントとしてはじめて、EL(エキストラライト)、UL(ウルトラライト)、というウェイト(文字の細さ)を展開しました。ウエィトの充実化とともに、視認性が高くクセがない、明快でスマートな表現を可能にします。
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