第18回
「グラフィックデザインの新しい表現を追究して、三星安澄」

▲「ポストリ」。2本の指でつまむと、愛らしい鳥の姿を見せる。メッセージメモ、備忘録としての付箋を想定する。

三星安澄氏の最新作は、今年10周年を迎えた「かみの工作所」の展示会で発表される「ポストリ」だ。人の手が加わることによって形が変化し、3次元の立体物になって初めて機能が立ち現れる。グラフィックデザインの新しい表現を追求する三星氏の考えを聞いた。

▲「かみめがね」。2007年から続くかみの工作所のベストセラー製品。パーティや急な災害時にも活躍する。


かみの工作所でのものづくり

かみの工作所の「かみめがね」を初めて見たときに、独自の視点を持った豊かな発想力によるデザインが印象的だった。

かみの工作所は、東京・立川にある印刷工場の福永紙工が手がけるデザインプロジェクトである。その製品は、購入者がパッケージを開けて、平面のものを自分で立体にして初めて完成することを大切にしている。アナログの紙の風合いや触感を味わいながら、自らの手でつくる楽しさや面白さを体感できることが、同プロジェクトの製品の魅力の1つにある。

三星氏は萩原 修氏とともに、2006年の立ち上げから14年までの8年間かみの工作所のデザインディレクターとしてプロジェクトに携わり、ロゴや展示会の販促ツールを制作した。製品としては、小さな穴の開いた目のピントが合いやすくなる「かみめがね」をはじめ、正方形の紙を組み立てていくと名刺入れになる「めいしばこ」、折りスジに沿って折ったり貼ったりすると、立体的なリボンができ上がる「オリボン」などを手がけ、現在も継続して製品デザインを提供している。


▲「めいしばこ」。丈夫さにこだわり、マットPP加工を施してある。漫画家の井上雄彦氏や横山裕一氏、ちばてつや氏のバージョンがある。


開発ではなく、「発明」のデザイン

三星氏のかみの工作所での新作「ポストリ」には、長年抱いていた思いが背景にある。

「自分は立体物が好きだったので、あまり意識して考えたことはなかったのですが、立体の物をつくるのが難しいと感じている人や、苦手意識を持っている人が意外に多いということにあるとき気づいたんです。それがずっと心に引っかかっていました」。

できるかぎり簡単に紙を立体にできる方法はないかと試行錯誤を重ね、たどり着いたのが「つまむ」という行為だった。最終的な製品の形に到達するまで、4カ月ほどかかったそうだ。

かみの工作所の製品づくりでは、「毎回、苦しい思いをしながら生み出してきた」と三星氏は振り返る。「自分のやりたいこと、自分らしさ、自分にとって興味があるものを盛り込みながら、今ある技術で今までにないものをつくる。開発ではなく、『発明』をしなければいけないですからね」。

このプロジェクトで目指しているのは、紙の新しい可能性を引き出す製品をつくること。毎回、デザイナーにとっては、闘いのような挑戦の連続だ。


▲ 第1回の紙器研究所の研究成果発表会で披露した、三星氏が考えた紙器の展開例。


紙器研究所での新たなる挑戦

福永紙工では、紙の可能性についてさらに深く掘り下げていくことを目標に掲げ、2015年に紙器研究所を設立した。その研究員として、三星氏も参画。第1回の研究として、三角形を展開して新しい構造体をつくることに挑んだ。

製品パッケージの箱というと、四角形のものがほとんどで、三角形を使った箱は市場にあまりない。店頭で置かれたときに異彩を放つ見た目に加えて、構造的に強くなるという利点に、三星氏は目をつけた。そして、正四面体や三角柱、正反三角柱、天や側面などに、一部多角形が現れる形状を組み合わせて、写真のような展開例を考えた。

「発表会の場で、同業者からお褒めの言葉をいただいたり、なかには『悔しい』とまで言ってくれる方もいて、想像以上の評価をいただきました。これからこの紙器を広く流通にのせていくことを考えていきたいと思っています。紙皿や紙袋なども研究してデザインしてみたいですね」と三星氏。この研究活動の次の展開も楽しみだ。


▲「立川市プレミアム婚姻届」。写真を入れたり、デコレーションしたりしてオリジナルの婚姻届がつくれる。


プロダクトとグラフィックの要素が共存する

近年は、かみの工作所のユニークな製品が話題を呼び、福永紙工にさまざまな仕事が舞い込むようになった。そのなかの1つが立川市の「立川市プレミアム婚姻届」をつくるというプロジェクト。

「立川への来訪者を増やし、市の魅力をもっと伝えたい」という願いのもと、立川市役所の若手職員らが中心となって企画提案したものだ。そのデザインを三星氏が手がけた。

市役所職員と福永紙工、三星氏の話し合いのなかから、複写式で筆跡を残すことができ、写真立てとして飾っておくことができる婚姻届けが生まれた。プロダクトとグラフィックの両方のデザインの要素が盛り込まれている。

婚姻届けの用紙には、竹尾と北越紀州製紙が新たに開発した「スノーブルーFS」、フォントは雑誌でよく使用される「筑紫 丸ゴシック」を採用し、市松模様をデザイン。台紙には、ピンクや黄色など明るく楽しい雰囲気の色を使用し、福永紙工が得意とする箔押しや型抜きの印刷加工を駆使した。

「後にずっと残るもので、それを買った人が幸せな気持ちになる仕事に携わることができた、貴重なプロジェクトでした」と三星氏は語った。


▲ 東京都美術館開館90周年記念展「木々との対話──再生をめぐる5つの風景」のためのカタログやポスターといった販促物を手がけた。木彫という展覧会テーマに合わせて、カタログも木板を思わせるデザインに。


野老朝雄氏との出会い

三星氏は、尊敬する人物のひとりにアーティストの野老朝雄氏を挙げる。野老氏は、2020年の東京五輪・パラリンピックエンブレムのデザインを手がけたことで知られるが、もともとは東京造形大学やAAスクール(英国建築協会付属建築学校)で建築を学んだ経歴を持つ。

ふたりが出会ったのは、三星氏が大学在学中のときで、野老氏がライフワークとなる紋様の制作を始めた頃だった。大学で建築を学んでいた三星氏が、自分は空間よりもプロダクトとグラフィックのほうに興味があると気づいた頃でもあった。

そして、野老氏の仕事を手伝ううちに、ますますその思いが高まり、2003年大学卒業と同時に独立して、グラフィックデザイナーとして活動を始めた。

三星氏から見る野老氏は、「言語的、理知的にものを設計する人」で、「たくさんの時間を共有するうちに設計方法を学ばせていただいた。今の自分のものの考え方、つくり方、向き合い方など、何かをつくる者としての礎を築いてくれた師」と語る。現在も交流は続き、最近では熊本市の復興プロジェクト「KASEIプロジェクト」に野老氏とともに参加し、活動をサポートしている。


▲ 三星安澄氏。


デザインに対する考えが変化

2016年夏、三星氏は東京・国立に新たに事務所を開設した。この数年でデザインに対する考え方が変化してきているという。

「使っているうちにじわじわと感動がもたらされるもの」「日常で使い込んで、何度も繰り返し買うようなもの」「アイデアが変わらずに長く売れ続けるもの」。そういうものをつくりたいという想いを抱いている。

例えば、自身が愛用している財布のように、「小さなアイデアが集積されていて、おそらく全体的な調整が何度も繰り返し行われている、こういうものに憧れがある」という。

2015年に子どもが生まれたこともあり、子どもが手にするものに対する目線が変わり、子どものものをつくってみたいという思いも芽生え始めた。さらなるグラフィックデザインの表現と広がりを探求したいと、意欲を燃やしているところだ。(インタビュー・文/浦川愛亜)


三星安澄/グラフィックデザイナー。1980年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒。在学中より野老朝雄に師事。卒業と同時に独立し、08年、MITSUBOSHI DESIGN設立。11年から15年までペーパープロダクトを専門に扱う店「西荻紙店」の企画運営を行う。ロゴのデザインをはじめ、エディトリアル、パッケージ、サインデザインなど、グラフィックを通じてデザイン活動を行う。昭和女子大学環境デザイン科非常勤講師、桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科非常勤講師。http://www.mitzboshi.com



かみの工作所の10周年企画「かみの重力」展
10月19日(水)から11月6日(日)11:00-19:00までアクシスビル1階「リビング・モティーフ」にて開催。http://www.livingmotif.com



福永紙工
http://www.fukunaga-print.co.jp

かみの工作所
http://www.kaminokousakujo.jp

紙器研究所
http://shikiken.jp

立川市プレミアム婚姻届
http://tachikawacity-premium.jp

東京都美術館
http://www.tobikan.jp

「KASEIプロジェクト(九州建築学生仮説住宅環境改善プロジェクト)」
http://kasei.kumamoto.jp