石垣美歩 × 山崎阿弥
Dialogue on the Voice of the Stars
――星々の声をめぐる対話

イベント会場となった大赤道儀室で巨大な屈折望遠鏡を見上げる天文学者の石垣美歩(国立天文台)と声のアーティストの山崎阿弥。Photos by Takuroh Toyama

私たちはどこから来たのか、私たちは何者なのか、私たちはどこへいくのか。天文学は、こうした人々のもつ永遠の謎に挑みつづけてきた。今から100年ほど前、東京天文台(現・国立天文台)が港区・麻布から三鷹に移転した頃に世界の天文学者たちが本格的に取り組み始めた分光観測と呼ばれる観測手法は、この問いへの大きな一歩を踏み出したものだった。

天文学者が解明してきた宇宙の姿をアーティストの声に託して宇宙へ放つパフォーマンスイベント「天文学×現代アート 100年の宇宙(そら)見つめる眼・歌う声」が2024年11月3日(日)に国立天文台で開催された。パフォーマンスを披露した天文学者の石垣美歩(国立天文台)と声のアーティストであり美術家の山崎阿弥にイベント当日までの日々を振り返ってもらった。

天の川銀河と化石のような星/声のエコーロケーション

左から山崎阿弥(やまさき・あみ)声のアーティスト・美術家。自身の声によるエコーロケーションで空間を認識し、音響的な陰影をインスタレーションやパフォーマンスによって顕在化、変容させる。近年は科学者との協働から、知覚特性と世界像の関係を探りつつ、新しい声と未来のサウンドスケープ制作に取り組んでいる。石垣美歩(いしがき・みほ)国立天文台 ハワイ観測所 助教。専門分野は、銀河天文学、恒星分光学。古い星の元素組成や軌道運動をもとに、天の川銀河の形成史を研究。また、元素が宇宙の歴史とともにいつどのような天体でつくられたか、観測・理論の両面から検証している。

――普段どのような活動をされているのか教えてください

石垣
みなさんは、天の川をご覧になったことはありますか。私たちの住んでいる地球を含む太陽系が属している天の川銀河は、およそ1,000億個の星でつくられているのですが、そのなかに気が遠くなるほど長い間輝き続けている「化石のような星」があります。この星が放つ光を分光法(星の光を波長ごとに分けて観測する方法)で観測し、星の表面に含まれる元素の種類やその割合を調べています。この研究を通じて、宇宙で最初に星が誕生した当時の様子や元素がどのように生成されたのか、その手がかりを掴もうとしています。

山崎
私は、パフォーマンスの上演とインスタレーションを制作しています。どちらも「声」がキーになっていて、センサーのように声で空間に触れて、音の反響を身体で感じとり、空間の構造や特徴をとらえて、引き出したり、曇らせたりしながら音響的な陰影を表現しています。

――今回のコラボレーションはどのような経緯で実現したのですか

石垣
科学とアートを結びつける活動を行うファンダメンタルズが主催するマッチングイベントではじめてお会いしたことがきっかけです。お話をしていくなかで山崎さんが私の研究内容と天文台にも興味をもってくださり、実際に見学に来てくれることになりました。

山崎
石垣さんに天文台内をご案内いただいて、今回のイベント会場となった「大赤道儀室」に入った瞬間、特異な音の響きに気づき、その場ですぐに発声させてもらいました。

石垣
山崎さんの作品は事前にYouTubeや図録などで拝見していたのですが、実際に空間に響き渡る声を聞いて、人の喉でこんなに多彩な音の表現ができるのかと驚いたことを覚えています。それから天文学の世界を山崎さんの声で表現できないかと、ふたりで計画を進めました。今回、天文台の移転100周年を記念したイベントで一般の方々に披露することになりました。

星の光から読み解く、宇宙の起源

――天文学をアートで表現する。面白い試みだと思いますが、領域の異なるおふたりがそれぞれの専門性の高い内容を理解するのは難しかったのではないでしょうか

石垣
アーティストの山崎さんが表現したいと思ってくれるポイントが私の研究のどういうところにあるのだろうかと思いました。天文台でもこのようなコラボレーションは、初めてのチャレンジだったので、対話や議論を重ね手探りでやってきたという感じです。

山崎
メールのやり取りや天文台を訪問する以外にも、小さな喫茶店でお話ししたこともありましたね。「どの元素に注目してますか?」というマニアックな会話もありました。カリウムとカルシウムの比が星の内部構造や爆発のメカニズムを知るための手がかりになることや周期表を見てどの元素に関心があるかなんて、ここ以外では話さない。

石垣さんが天体や宇宙で起きる現象をどのように研究しているのか、会話からはわからないことばかりでこれでは失礼だと思って、とにかく古い書籍から最新の研究論文まで、たくさん読んで勉強しました。

山崎がまとめていた資料の一部。ほかにもルーズリーフいっぱいに天文学について学んだことが書き溜められていた。

最初は、分光法についても「なぜ光を観測することでその天体の組成が分かるんだろう?」と初歩からまったく理解できなくて。まず天文学者の青木和光さん(国立天文台)の本をご紹介いただいて、さらに光学・天文学・宇宙論・素粒子物理学……とやや遠回りもしつつ、石垣さんとやっと少し共通言語がもてるようになりました。

※『星から宇宙へ』『物質の宇宙史: ビッグバンから太陽系まで』青木和光著、新日本出版社

歴史を学ぶなかで、1814年頃にドイツの物理学者ヨゼフ・フォン・フラウンホーファーが太陽のスペクトルをはじめて詳しく分析したことを知りました。その時代から連綿と科学者たちが一生をかけて研究しつづけている天文学の最先端に石垣さんがいらっしゃるということにあらためて気づいて。そこに自分がほんの少しでも関われることが嬉しいと感じるようになりました。

石垣
天文学っていうと美しい天体写真であったり銀河や星形成領域の写真であったり、そういうカラフルなイメージが根強く、そこが魅力と言ってくださる方がいるんですが、星っていくら頑張っても点にしか見えないんです(笑)。ですが分光法でスペクトルを観測したり、物理学の知識を総動員すると、その星が何でできているか、重さや銀河の中をどれくらいのスピードで動いていて、どうやって生まれたのかということが推測できるようになります。そういった部分に山崎さんが魅力を感じて表現の可能性を見出してくれたことが私も嬉しかったです。

施設内のいたるところに銀河や宇宙の写真が飾られている。

また、コミュニケーションをとっていくなかで自然現象をありのままに見るという山崎さんの普段の活動との共通点もありました。山崎さんは最初から科学的なところに興味を持って、天文学の知識や観察して得た数字などのデータを吸収してくれていたので、そこを生かしたパフォーマンスをすることになったんです。

武蔵野の豊かな自然に囲まれた国立天文台では、小さな生き物と時折遭遇する。

星の声を届ける

パフォーマンスを披露する石垣(上)と山崎。Photo by NAOJ

――最終的に披露されたパフォーマンスでは、石垣さんが朗読を行い、山崎さんが太陽やシリウス、ベテルギウスなどの星の音を声で表現していましたね。「星の声」がどのようなプロセスでつくられたのか教えてください

山崎
簡単に説明すると、星のスペクトルデータをもとに声をつくりました。

波長から周波数に変換したそれぞれの星のスペクトルデータは、そのままだと人間の可聴域から大きく外れているため聞こえません。だからといって単純な計算で数字を調整しようとするとグラフに表れるデータの表情(勾配)が失われてしまうんです。この“表情=星の個性”を保ったまま可聴域に変換するプログラミングを石垣さんが行ってくれました。そこから、星の光の強さを音量に見立てて、200個超の周波数の音をつくることができたのですが、それを順番に鳴らせばこの星の個性を表現したことになるだろうか?と疑問に思ったんです。そこで200個超の音をいっせいに鳴らして、吸収線として現れているデータを逆位相にして加えることで、それぞれの星の特徴をもった音をつくりました。

星の光の波長や周波数、強さを表したグラフ。

石垣
一連の作業でできたそれぞれの星の音を山崎さんが「星の声」として表現してくれました。聞いていただくとなんでこんな声なんだろうと感じると思います。この「なんで」を掘り下げていくと、山崎さんがつくってくださったロジックが機能して「どうやって遠く離れた星の情報を知ることができるんだろう」という鑑賞者の疑問につながっていく。そこが今回のパフォーマンスの面白いところだったと思います。教育普及という点でも新しいアプローチだったのではないでしょうか。

山崎
アートと他領域のコラボレーションは、「私がこう感じた」と結論してしまえば、いくらでもふわっと逃げてしまえると思います。でも今回のコラボレーションでは、恣意的なパラメーターを入れたり、勝手な翻訳をしたりするのではなく、でき得る限り石垣さんの研究領域から世界をとらえて自分の仕事をしたいと思ったんです。

――ありがとうございます。あらためて今回のコラボレーションを振り返ってみていかがですか

山崎
会場にいた方々とともに宇宙に想いを馳せ、音を手がかりに宇宙に触れる機会がつくれたのではないかと思っています。私がいちばん知りたいのは、この世界の材料は何なのか、どのようにできているのか――つまり世界のメカニズムです。それを探索していく面白さが今回のコラボレーションにはたくさんありました。

宇宙のとらえ方について、視覚的な要素だけでなく、音の反響などのはたらきを用いた新しい分析や発見についても石垣さんとお話ししました。アクセシビリティの観点からも試行錯誤を重ねながら、またどこかでみなさんに届けられればと思っています。

「天文学×現代アート 100年の宇宙(そら)見つめる眼・歌う声」のキービジュアル用に山崎が描いた宇宙。インタビュー後、石垣に贈られた。

石垣
上映後のアンケートでは、ほとんどの方に「満足」と答えていただき、お客様が喜んでくれたことがわかり安心しました。そのなかの自由記入欄に「星が生きている気がする」と書かれている方がいて印象に残りました。

私はこれまで、写真や理屈の説明だけでは「星がつねに進化していて、個性を持っている」ことを伝えることが難しいと感じていました。しかし今回、山崎さんの体を通じて発せられた「星の声」という命を感じられるものが、お客様に届いたことで星が生きていることを実感していただくことができ、とても嬉しかったです。今後も多くの方に天文学の面白さを知ってもらえるようにさまざまな企画を考えていきたいと思います。(文/AXIS 西村 陸)End

私とは、何か
私たちとは、何か
暗闇の中、触れてみる
熱が分かる
呼吸が分かる
鼓動が分かる
命の働き
私の材料とは何か
世界の材料とは何か
この、暗闇の中、出発点をもとめてさかのぼる
輝く星が見えてくる
暗闇に光をともす最初の星
やがて自分の重みに耐えられず爆発する
その一生に、体の中でつくった元素
ばらまかれ
次の星をつくり、次の星が、さらにいくつもの元素をつくる
私たちをつくる種となる
この星の種は?
密度のゆらぎ
ダークマターのゆりかご
不均一な密度が水素とヘリウムのガスを集め、濃縮し、さらにガスを集め
核融合が始まり、星が輝き始めた
密度のゆらぎは?
もう少し遡る
灼熱のビッグバン
遡る
インフレーション
遡る
ミクロな宇宙
原子よりも小さな世界の
量子ゆらぎ
ここが、私という旅の出発点、かもしれない
宇宙の成長を表現
わたしたちは、どこから来たのか。わたしたちは、どこへ行くのか
わたしたちは、どこから来なくて、どこへ行かないのか

山崎が公演の最後に朗読した言葉。冒頭で詩人 ルイーズ・ボーガンの「私の部屋の中の旅」の一節 ”The Initial Mystery that attends any journey is: how did the traveler reach his starting point in the first place?”の和訳を引用した後、この公演のために自身で紡いだ言葉を、声のパフォーマンスを交えながらささやくように語った