こども本の森 熊本 図書館の逆襲 3—Libraries are not silent.3 Kumamoto Children's Book Forest

スマートフォンひとつあれば、今日必要な情報はすぐ手に入る……。新聞・本を読むこともめっきり減った。本なんて、図書館なんてもういらない。……なんて思っているあなた。ちょっと待って。 人類の歴史とともに歩んできたといわれる図書館は、このまま黙って絶えることはない。今静かに図書館の逆襲が始まっています。この連載では、そんな国内外の図書館の姿をおみせしましょう。第3回は日本の「こども本の森 熊本」です。

蔵書数およそ1万冊の「こども本の森 熊本」。Photo by Shigeo Ogawa

世界的に有名な建築家、安藤忠雄がこども図書館をいくつか設計・寄贈していることはご存知の人も多いでしょう。2020年に開館した大阪・中之島を始めに、岩手・遠野、兵庫・神戸に続き、2024年春、熊本にも「こども本の森」がオープンしました。

咲き残ったヤマブキの花の色と同じ、蝶々のロゴマークが、エントランスに。小山薫堂、デザインフィル・橋本美穂の制作·監修によるもの。BookのBの文字を模った本の形をした蝶を3匹集め、「森」という漢字を表現している。

いちばん小さなこども図書館

既存の3館は市立図書館ですが、熊本は県立図書館。しかし中之島が延床面積800㎡を超えているのに対してこちらは460㎡と今まででいちばん小規模な館です。そうではありますが、実はこのワンルームで構成されている小さな図書館が、こども図書館のコンセプトをもっとも強く具現化しているのではないかと思えます。

それはどういうことかというと、図書館はデータを提供する場ではなく、体験を提供する場だということです。とりわけこどもにとっての図書館は、勉強をしたり調べ物をするためだけの施設ではありません。本の表紙、背表紙をみつけ、手に取り、本を開いて、ページをめくる……。図書館は、本との出会いの場なのです。このことをこども本の森 熊本の入館者の姿を見て実感しました。

「本探してます」。そんな狭いところを……という気がするが隙間がお好きなよう。

建物がコンパクトだからこそ、本との距離が近い。手に届く範囲にある本だからこそ、その物量がより豊かに迫ってくる。床から天井まで2階分、約6mの高さを吹き抜けて続く本棚は、こどもの目にはより巨大に見えるでしょう。

大人だと背が伸ばせない大階段の下。ここが読書をする場所としてもっとも人気が高いとか。Photo by Shigeo Ogawa

本棚の上のほうにある本はこどもがどうやって手に取るのだろうと気になりましたが、いちばん下の段の棚を開けると、上に陳列している本と同じものが収納されていました。下の段から同じ本を手に入れ、読むことができます。また陳列されている本はゴムで止められているので、地震が来たり、衝撃があっても落ちてくる心配はありません。

本は低い位置にも、というより床から直接本棚が始まる。

その巨大な本棚のある中央の広いスペースだけでなく、大階段下の陰や、ぐるっと円形の壁に取り囲まれた「くまモン」の閲覧室など、本に取り囲まれる空間が、緩やかに蛇行する細長いシークエンスに沿って変化に富んで展開しています。館名のとおり、本の森の中をさまよいながら散策することができるのです。他の物や事に気を取られることなく、本とだけ対峙できる、そんな小さな図書館です。

熊本県PRマスコットキャラクターのくまモンに手紙を投函できるポストがある円形の閲覧室。未来の自分をみつめる「空」が天井にあいていて、自然光が入る。

陽の光り、水の流れ、空気の匂いを感じる閲覧室

そもそもこの図書館では、公共図書館でありながら本の貸し出しをしていません。本を閲覧する、という役割に特化した図書館なのです。しかし貸し出しはしていませんが、専用のバッグを貸してもらい、外に1冊持ち出すことができます。安藤忠雄さんの言葉だと「周辺の敷地全体が『閲覧室』のイメージ」なんだそう。

コーナーが落ち着く人のために2階端に置かれた椅子。館内の家具はこども用サイズ。

周辺の敷地はといえば、隣にある熊本県立図書館とともに、細川藩の別邸だった水前寺江津湖公園(旧砂取細川邸庭園)という庭園の中に位置しています。庭園は、阿蘇からの伏流水が湧く瓢箪型の池をとりかこんでいて、そこにジャングルのように濃い緑や野鳥の姿を見ることができる、静かで美しい風景が広がっています。

図書館外観。すぐ隣は熊本県立図書館。デッキ下は野外の閲覧場所となっている。Photo by Shigeo Ogawa

細長くカーブする建物は、外のテラスに続く1階の閲覧室、2階の大きく張り出したデッキと、図書館から外へといざなう設計がされています。正直、最近の列島を襲う酷暑を考えると、熊本の長い夏に外で読書をしようと思う人は少ないのではないかと思っていたのですが、こども本の森課・主幹の小城英彰さんによると、天気の良い日には、デッキで読書を楽しむ利用者の数はかなり多いのだとか。

読書の合間にデッキ・テラスに出て、緑あふれる外気の匂いを吸い込んだり、セミの鳴き声を聞いたりすることができるのは、普通の図書館ではなかなか得難い体験です。

2階デッキ部分から外の庭園を臨む。グリーンの円形はデッキに置かれた椅子で、ここに座って本を読むこともできる。

しかも興味深いことに、飯塚暁子館長によれば、こども本の森ができてから、隣接する県立図書館「子ども図書室」の貸し出し数が伸びたそうです。本と出会うことにより、そこからもっと本を読みたいという欲求が生まれてくるのでしょう。またこどもやその保護者だけでなく利用者の層はかなり幅広いといいます。

天井は熊本県産の檜の木組み。書架は、日本十進分類法ではなく、独自の10テーマをさらに小テーマに分けたジャンルで並んでいる。

来年春には瀬戸内海・香川に「ほんのもり号」というこども図書館船も就航予定だとか。こどもたちには、たった幅6センチ、長さ14センチ四方の画面に四六時中、目を凝らすのではなく、6メートルの高さの本の海へダイビングしていって欲しいものです。たぶん世界はもっと大きくもっと自由に広がっていくことでしょう。(文/AXIS 辻村亮子)End

こども本の森 熊本 Kumamoto Children’s Book Forest

場所
熊本市中央区出水2丁目5-1(熊本県立図書館の南側)
開館時間
①9:30〜11:10 ②11:30〜13:10 ③13:30〜15:10 ④15:30〜17:00
4回の入替制
休館日
火曜日(祝日の場合は開館、翌平日が休館)、毎月最終金曜日他
入館方法
各回事前予約枠30名優先、予約なし枠20名もあり。上限50名。
詳細
公式HP kodomohonnomori.kumamoto.jp