D&ADアワード2024レポート後編
プロフェッショナルから学生まで、教育プログラムに力を注ぐ理由

ニューブラッド・アワードのブラックペンシルを獲得した「The Unnatural Poetry」。

イギリス・ロンドンを拠点にするD&ADアワードについて、前編では審査の模様や受賞作品に対する審査員の話を聞いた。彼らの言葉から今のデザインに求められる視点も浮かび上がってきた。後編では、D&ADの主催者ふたりに他のアワードとの違いや審査員に求めることを尋ねた。なかでも弊誌が興味を持ったのは、世界各地で展開するD&ADの教育機関としての側面だ。

アワードの収益をもとに教育プログラムを展開

ティム・リンゼイは、D&ADのCEOを10年務め、今年からチェアマンとして全体を統括している。世界には広告・デザインの賞として3つのメジャーな賞があるが、その中におけるD&ADアワードの特徴を尋ねた。ほかのふたつとは、ニューヨーク発のONE SHOW (ワンショー)とフランス・カンヌのCannes Lions (カンヌライアオンズ)。後者は営利目的だが、D&ADとONE SHOWは非営利団体だ。これら3つの賞には大概同じ作品がエントリーされるという。

チェアマンのティム・リンゼイ(Tim Lindsay)。話を聞いたのは審査会の開かれた旧郡庁舎のカフェ。リンゼイは広告業界の出身。「デジタル化によって毎日頻繁に自分の目の前に広告が現れる今の状況はとても不健康なことだ」と語った。

「ONE SHOWと似ているところもあるが、D&ADはよりデザインに強いと言える。なかでもデザインの技術と表現の融合を意味するクラフトの視点を尊重しているのが特徴だ。アワードでは3つの基準『革新的なアイデアか』『優れたエクスキューションか』『パーパスに合っているか』に沿って審査している。3つの賞のうちD&ADアワードを獲得することが最も難しく、それは統計の数字に表れている」(リンゼイ)。

ニューブラッド・アワードより「The Unnatural Poetry」(イタリアのクリエイティブチーム)。グーグルが「詩を選び、グーグルの新しいフォントとタイポグラフィを使って、その言葉を強調すること」を求めた課題に対し、気候変動によって消滅の危機に瀕している自然に関わる言葉をすべて詩から排除した。

D&ADでは、プロフェッショナル向けアワードのエントリーフィーをはじめとする収益を教育プログラムの企画・運営に充てている。ひとつは学生を対象に1972年に始まったニューブラッド・アワード。今年は17のブランドがスポンサーとなって課題を設定。その課題に沿って72カ国から6,000点を越える応募があり、180作品にベイビーペンシル賞が授与された。


ニューブラッド・アワードより「Scan to Revolt」(アメリカのVCUブランドセンター)。アドビは、ジェネレーションZに対して自分たちを取り巻くブランドのデザインを課題にした。VCUブランドセンターの5人のデザイナーは、ジェネレーションZのデザインの欠点を暴露し、それに対して何か行動を起こさせるというキャンペーンを提案した。

「ニューブラッド・アワードの受賞は、西欧においては学生の登竜門になっています。フェスティバルや授賞式を通じてさまざまな人とつながることができ、スポンサー企業がアイデアや作品を買い取ることもあります。また選ばれた受賞者は、2週間のオンライントレーニングであるニューブラッド・アカデミーで学ぶ機会も与えられる。これは、プロになるためのスキルトレーニングであり、ネットワーキングの場でもあります」。

もうひとつの教育プログラムは、2016年に始まった「SHIFT(シフト)」。これは学校で教育を受けていない人がクリエイティブ業界に就職するための5カ月間に及ぶナイトスクール。4都市で始まり、現在はロンドン、ニューヨーク、シドニー、ベルリン、ハンブルグ、サンパウロの6都市で展開している。すでに200人を超える人材を輩出し、業界への就職率は平均72%を誇るという。

「SHIFTは若い才能をすくい上げると同時に、クリエイティブ業界が若く新しい才能を見つけるきっかけを提供するものです」。

SHIFTをきっかけにイラストレーターになり、現在は社会から疎外されたコミュニティのために活動するラーファイェ・アリの作品。©️ Clean Gin mockups by Raafaye Ali, 2022

前述のふたつは若い人に向けたものだが、ほかにプロフェッショナル向けのマスタークラスやクリエイティブリーダープログラムといった実にさまざまな教育コースを提供している。講師を務めるのはどれもD&ADの審査員だ。

「SHIFTはD&ADの収益だけでなく、各都市を拠点にする企業がスポンサーになってくれることで実現します。イギリスで生まれたD&ADが次第にインターナショナルになっていったことで、アワードも、SHIFTも、世界各地のクリエイティブ業界と関係を築くことができ、彼らが私たちを助けてくれるようになりました」。

審査員に求めるのは、その分野で重要な仕事をしている人

毎年350人もの世界各地の審査員が集結する、そのネットワークやコミュニティがD&ADの教育機関としての側面を支えている。では、その審査員はどのようにして選ばれるのか。CEOのジョー・ジャクソンに尋ねた。

ディーゼルのアーティステックディレクター、グローバルなブランドエージェンシーに務めた経歴をもつCEOのジョー・ジャクソン(Jo Jackson)。その後退任し、現在のCEOはダラ・リンチ(Dara Lynch)。

「10数名のスタッフが、数年先を視野に入れて、審査員にふさわしい人を徹底的にリサーチしています。この業界で活躍している人、今後活躍するであろう人をスパイのように探し出すのです(笑)。過去にD&ADアワードを受賞しているかどうかは関係ありません。その分野のリーダーになり得る人、その分野で大切な仕事をしている人を見つけることが私たちのミッションです」(ジャクソン)。

守りたい基準としては、10年ほど前からジェンダーバランスを50:50に維持していることに加え、作品のつくられた文化的な背景を理解するために、よりグローバルな審査員の選出を重視しているという。

パッケージデザイン部門の審査の様子。出品者の名前は記載されておらず、作品だけを見て審査する。

ジャクソンに、今後最も力を入れていきたいことを尋ねた。答えはリンゼイと同じだった。

「D&ADはNPOの教育団体なので、本来の目的である教育プログラムを強化していきたい。ニューブラッドの事業をグローバルに展開すること。SHIFTを日本をはじめとする他国に広げていくこと。人種差別や性差別、政治や経済など国によって社会問題は異なっています。しかし、それらを乗り越えてクリエイティブ業界に入りたいけれど入れない若い人をすくい上げたい。真剣に取り組むべき課題です」。

11月6日、2025年度のエントリー開始

先ごろ、2024年度D&ADアワードの年鑑がオンラインで無料公開された。かつては分厚い高価な本だったが、デジタル化によって、1万冊ほどだった印刷物が約13万人にリーチするように拡大した。受賞作が網羅されているのはもちろんだが、受賞作品の審査員と受賞者のコメント、作品説明も丁寧に記述され、見応えも読み応えも十分だ。

年鑑のデザインはオランダを拠点にするStudio Dumbarが担当した。

いよいよ2025年度のD&ADアワードのエントリーが11月6日に始まる。どのような作品がペンシルを獲得するのか。それ以上に審査過程でどのような議論が繰り広げられるのか。その議論のひとつひとつがデザインの役割を解き明かし、可能性を切り開いていく。デザインに向き合う濃密な場がD&ADを特別なアワードにしているのだろう。ゆくゆくは日本でSHIFTが開かれることも期待したい。(文/AXIS 谷口真佐子)End