富士フイルムのインハウスデザイナーを「脳内覚醒」に誘う、
CLAY STUDIO主催「まんが」展の裏側

富士フイルムのインハウスデザイナーたちの活動拠点「CLAY STUDIO」にて、同社初の社内向けイベント「CLAYERの脳を刺激する10の扉 『まんが』展」が2024923日から1011日まで開催された。同社が推進する「委員会活動」の一環として企画された同展示では、領域を横断したインハウスデザイナーのメンバーたちが、企画・運営・展示デザインにいたるまで、業務の傍ら課外活動として取り組んでいる。

デザイン組織が企画する社内向けイベントの多くがデザインやビジネスに直接関わりのあるテーマを掲げることが多いなか、「まんが」にフォーカスした本展示は、とりわけカルチャー色が強く、遊び心にあふれている。同展が生まれた背景を、富士フイルムの委員会メンバーにきいた。

インハウスデザイナーの視野と可能性を広げる社内の委員会活動

今回の展示の企画・運営を担当したのは、富士フイルムデザインセンター内の「SPACE委員」。同デザインセンターでは、SPACE委員のほかにも、Web委員、生活委員、インターン委員といった10種類ほどの委員会があり、センター内のデザイナーはいずれかに所属し、それぞれの活動に取り組んでいる。普段のプロジェクトではなかなか協業する機会のない、部署を横断したメンバー編成が特徴だ。

富士フイルム SPACE委員メンバーの酒井真之。

プロダクトデザイナーやUIデザイナー、グラフィックデザイナーといった肩書きの7名のメンバーが所属するSPACE委員では、「CLAYを異空間化!?みんなに脳内覚醒を!」を活動のミッションに掲げている。CLAY STUDIOで働くデザイナーを「CRAYER」と名付け、個人が内考するきっかけを与える「インサイドインパクト」と、他者とのコミュニケーションを生む「アウトサイドインパクト」と、内と外の両側からインハウスデザイナーの創造性に働きかけることを目的として今後も活動していく予定だ。

今回の「まんが」展は、インサイドインパクトを生み出す活動の第1弾として位置付けられている。今年4月に設立されたSPACE委員は、もともとセンター内の蔵書購入や管理を行っていた図書委員が統廃合されてできた組織のため、まずは活動の足がかりとして本を使った展示が企画された。

デザインスタジオの蔵書といえば、当然デザイン関連の書籍やアートブック、写真集などが思い浮かぶ。そんななか、今回のように「まんが」をテーマに企画を立ち上げたのは、「脳内覚醒」をミッションに掲げるSPACE委員ならではの意図があったと同社プロダクトデザイナーの酒井真之は語る。

「デザイナーとして仕事をしていると、どうしても普段触れるものが偏ってしまいがちです。まんがは、デザインやアートにはない”どろっ”とした表現に出合ったり、なかなか接する機会のない世界を知ることができたりするカルチャーだと思うので、社内のデザイナーたちの脳を覚醒するために、そういった展示ができるといいんじゃないかと考えました」。

刺激的なまんがの世界へと誘う「10の扉」

展示するまんがの選定にあたっては、まんだらけの常務取締役・竹下典宏に協力を依頼。同社の千葉県佐原市の倉庫にメンバー一同が足を運び、竹下常務との議論を深めながら全169冊のまんがを選んでいった。なお、これらのまんがは今回の展示のためだけではなく、展示終了後も閲覧できるように、すべてデザインセンターの蔵書として購入したそうだ。

本展では、まんが表現の可能性に触れ、カルチャーの中心としてのまんがの魅力が感じられるように、「10の扉」をコンセプトに幅広い切り口のカテゴライズが行われている。「海外まんが」「絵で引き込むまんが」「イラストレーターのまんが」などの分類のほかに、「著名漫画の『意外な一冊』」「異能の作家」といった企画性の高い切り口や、社会通念からの脱却・禁断の欲望をキーワードにセレクトされた「タブーまんが」といった刺激的な切り口も並び、まんが通も唸るほど本格的かつマニアックなセレクトが目を引く。

「CLAYジャック第1弾」と銘打たれた本展は、地下2階から3階までの5フロアをジャックするような展示計画も大きな特徴だ。「10の扉」の分類ごとにイメージの異なる空間演出が施され、展示スペースを建物全体に点在させることで、空き時間や何気ない隙間時間に思わずまんがに手を伸ばしたくなるような工夫が凝らされている。

休憩スペース横のキッチンには「食まんが」コーナーを設置。

「装丁が凝ったまんが」コーナーは、ミーティングルーム周辺に配置。打ち合わせ前の空き時間にまんがを手に取るデザイナーの姿が数多く見られたという。

「異能の作家」コーナーは、照明にピンクのフィルムを貼り、漫画の世界観にあわせた怪しげな空間に仕上げた。

地下2階の階段下に設置した「タブーまんが」コーナーは、周囲の視線を遮る垂れ幕を下げ、レンタルビデオショップのアダルトコーナーのような趣に。

普段はデザイン・アート系の雑誌などを並べている3階のカフェスペース横にも展示コーナーを設置。ここでは展示オリジナルのマスキングテープを使用することで、展示空間のゾーニングをミニマルにおこなっている。

展示空間のサイン計画やグラフフィックデザインもSPACE委員のメンバーによるもので、展示の準備を進めるなかでさまざまなグッズがデザインされていった。なかでも、まんが本の間に挟み込まれた投票カードは、さまざまなまんがに手を伸ばしてほしいという思いからデザインされ、読んだ人が人気投票に参加できる仕組みになっている。さらに、数枚だけ存在する「レアシール」をまんが内に忍ばせる宝探しのような企画もあわせて実施するなど、展示を楽しんでもらうための工夫に余念がない。

本展にあわせてデザインされたグッズ。中央上が「投票カード」。

これらのツールにあしらわれているキャラクターの「CLAYくん」は、偶発的に生まれたものだという。ある日の打ち合わせにて、メンバーのひとりがキャラクターデザインを持ち寄ったことでグッズ展開が実現した。普段の製品デザインのプロジェクトではなかなか生まれない盛り上がりをメンバー同士が感じながら、自由な発想で提案を重ねていったそうだ。

デザイナーの価値観を壊し、クリエイティブの血肉となるイベント

「今回は第1回目の活動だったので、少し張り切りすぎた部分もありましたね(笑)。メンバーのみんなが楽しんでいましたし、それぞれ率先して活動に臨んでいたので、かなり気合いの入ったイベントになったと思います」と、酒井は振り返る。準備期間として、具体的に企画が動き出した6月からの4ヶ月間が充てられたが、もちろんその間メンバーは通常のデザイン業務を抱えている。それでも活動にのめり込むことができたのは、デザインセンター長からの後押しと、メンバーそれぞれの自立心があってこそだったという。

「デザインセンター長のノリもよくて、『どれも面白いじゃん』といった反応でしたね。僕たちの活動に対して理解を示してくれていますし、そっと見守ってくれているような雰囲気がありました。もちろん、本業をやっているからこその活動ではあるので、好きに楽しむためにも、やるべき仕事はきちんとこなしています。その点ある意味では真面目なメンバーが集まっていると思いますね」。

展示期間中には、選書を担当したまんだらけの竹下典宏と田中香衣を招いたトークイベントを実施。普段のイベントではオンラインで参加するメンバーも多いそうだが、この日はほぼ満席。まんがにまつわるクイズを交えたトークを楽しんでいた。

今回の展示では、委員会のメンバーが予算の提案から管理も担当し、お互いが普段の業務とは異なる動きをしながら準備を進めていった。課外活動だからこそ生まれるメンバー同士のコラボレーションを楽しみながら、同時にデザイナーとしての刺激にもあふれた体験だったようだ。「デザイナーってつい『デザイナーらしい』凝り固まった考え方をしてしまいがちなんですが、普段とは違う切り口で面白いことができたらリフレッシュになるんじゃないかなと思いながら取り組みました」と酒井は振り返る。

「例えば、CLAY全体を植物だらけにして、いろんな生き物を連れてくる『大アマゾン展』や、みんなでポップコーンを食べながら映画を観る『CLAYフィルムフェスティバル』など、本格的なものから比較的手軽なものまで、いろんな企画を考えています。いろんなアイデアをミックスしながらやっていきたいですね」と、今後の活動への展望を酒井は語る。今後もデザイナーの「脳内覚醒」を目指す企画に社内の注目が集まりそうだ。

「これからもCLAYERたちの脳が“ぱかっ”と開くような企画を通して、『デザイナーらしさ』の価値観を壊していきたいと思います。一見デザインと関わりのないようなテーマでも、クリエイティブの根源につながっていると思いますし、何かしら吸収されてデザイナーの血となり肉となっていくはずなので。これまで思いもしなかった、考えもしなかったような発想が生まれるような、そんな刺激をみんなに与えていきたいですね」。

近年、デザイン経営への関心の高まりから、企業におけるデザイン組織のあり方や、インハウスデザイナーたちが活躍できる仕組みづくり、イベントやオウンドメディアを活用した積極的な情報発信などの重要性が指摘されている。そんななか、数多くのデザイン組織がデザインやビジネス、もしくは事業領域に関連のあるアカデミックなテーマを据えたトークイベントやワークショップを企画し、社内外への情報発信の機会を創出することが珍しくなくなってきた。

CLAY STUDIOによる本展示は、あくまで社内向けのクローズドな展示であると同時に、酒井が語るように、一見するとデザインとは直接関わりのないテーマを掲げている点で、他社の取り組みとは一線を画している。事業へのフィードバックを前提とするのではなく、本業ではなかなか発揮できないデザイナーたちの自由な発想と遊び心を解放するこの取り組みは、クリエイティビティを育むデザイン組織のあり方として、新たなヒントを与えてくれるのかもしれない。(文/堀合俊博)