アートとデザインの未来を創造する金沢発のフェスティバル
「発酵文化芸術祭」レポート

21世紀美術館 プロジェクト工房内の様子。展示の中心には能登半島から集められた漆器が置かれていた。

9月21日から12月8日まで開催されている「発酵文化芸術祭 金沢 -みえないものを感じる旅へ-」(以下「発酵文化芸術祭」)は、その副題にも表現されているように、五感を研ぎ澄ませながら鑑賞するユニークな芸術祭である。本芸術祭では地元に根付く食文化と作品鑑賞を等しくアート体験として受容できるのだが、その過程では発酵文化が脈々と受け継がれる金沢の歴史と記憶が、まるで豊穣な香りのように浮かび上がってくる。当レポートでは、9月28日と29日の2日間にわたって行われたプレス・ツアーの模様をダイジェストでお届けしよう。

ツアー初日はチェックイン会場である21世紀美術館 プロジェクト工房からスタート。ここは芸術祭の拠点であるのと同時に、導入部のような位置付けとなっており、麹、醤油、味噌、かぶら寿司、大根ずし、日本酒、輪島塗など、石川県の10の発酵文化が紹介されている。今回のツアーにも帯同してくれた総合プロデューサーの小倉ヒラクは以下のように語る。「金沢はこれだけ都市化されているのに、街のふとしたところに醸造蔵が出現する稀有な場所です。しかもアートの街である金沢だけに各醸造家の方たちもさまざまな文化に造詣が深い。こうしたバックボーンがあったので今回の発酵芸術祭が実現しました」。アート作品の展示は、街中に点在する醸造蔵をはじめとして、歴史的建造物や工房、古い駅舎からカルチャースペースに至るまで、金沢の歴史と発酵文化を象徴するような空間で行われている。ここからは21世紀美術館を出て、大野、石引、野町-弥生、東山-大手町、白山市鶴来の各所を紹介していく。

全国津々浦々の発酵文化に精通した小倉ヒラクは自らを「発酵デザイナー」と称している。

◾️東山-大手町エリア

金沢は太平洋戦争の空襲を免れた数少ない大都市でもある。そのため歴史的建造物のいくつかが当時の状態のまま保存されており、そのひとつがこのエリアにひっそりと建つ「大手町洋館(旧山田邸)」だ。金沢大学医学部教授を務めた山田詩朗の邸宅として1933年に建てられた洋館であり純粋な建築としての見所も多いのだが、贅沢なことに本芸術祭の展示会場のひとつとして使われている。

通常は自由に立ち入ることができない大手町洋館だが、今回特別に作品の展示会場として選ばれた。

ここでは現代美術家である遠藤薫の作品群が展示されている。彼女が注目したのは、「陶器」や「藍染」といった食以外の発酵文化だった。例えば能登半島の伝統陶芸「珠洲焼」の陶片を集めた作品は、洋館のどこかノスタルジーな空気と相まって不思議なスペースを生み出していた。また金沢で集めた古い布を一旦土に戻して微生物による発酵を促し、取り出した布を藍染した作品も展示されていた。工芸技法を得意とする彼女のフィルターで発酵を観察すると、このようなアート作品が創出される。

遠藤薫《三六〇、六〇、九〇、を(内科室にて)》

遠藤薫《三六〇、六〇、九〇、を(内科室にて)》

遠藤の作品は洋館から徒歩10分の場所にある高木糀商店にも展示されている。ここは江戸時代から続く金沢市内唯一の糀店であり、昔ながらの建物の造りや脈々と受け継がれてきた道具が今でも残っている。店の片隅に置かれた遠藤の珠洲焼作品は、商家のゆっくりとした時の流れを決して邪魔することなく見つめ、ただただ静かにそこに佇んでいるようであった。

約200年続く天保年間創業の老舗、高木糀商店の様子。

こちらの珠洲焼は、珠洲市の銭湯・あみだ湯の火に粘土を置いて焼かれたもの。年初の地震で自宅の風呂に入れなくなった被災者もあみだ湯を利用している。

◾️石引エリア

石引は金沢城築塁のために掘り出された巨石を運ぶ道筋であったことにその名前が由来している。ここにあるカルチャースペース「じょーの箱」では、ミュージシャン兼映像ディレクターであるVIDEOTAPEMUSICのインスタレーションを鑑賞することができる。彼の作品にインスピレーションを与えたのが、同じ石引にある老舗酒造、福光屋で歌われていた「酒造り歌」であったという。ストップウォッチがない時代、蔵人はかき混ぜる間隔や回数を歌に合わせることで調整していたが、そんな伝聞により継承されてきた歌を、今でも完璧に口ずさめるものは限りなく少ない。かろうじて歌えるという福光屋の社員に聞かせてもらった1フレーズをモチーフにVIDEOTAPEMUSICが現代版酒造り歌と呼べるようなトラックを制作。そこに真夜中の石引商店街の映像と80年代のVHSテープに残っていた映像を交錯させたインスタレーションが、この「While I was asleep」だ。

石引のカレー店「JO HOUSE」が運営する「じょーの箱」は古い町家を改装した多目的イベントスペース。

直近に撮影された真夜中の石引商店街と80年代のVHSテープに残っていた昼の石引商店街、それぞれの映像が対比されるように映し出されている。

◾️野町-弥生エリア

「かぶら寿司」で有名な四十萬谷本舗や大正12年創業の今川酢造、そして天祐醤油の蔵を持つ中初商店が点在する野町と弥生は、金沢の発酵文化を象徴する地区と呼んでよいだろう。国内外で活躍する作家の関口涼子は、このエリアに魅了され、3つの会場でインスタレーション「発酵する言葉」を展示している。そのひとつ、中初商店にある防空壕(太平洋戦争末期に造られたもので未だ現存している)では、古箪笥の引き出しから関口からの手紙を受け取ることができる。手紙の内容は一枚一枚すべて異なり、その言葉はすべて発酵からインスピレーションを得たそうだ。

酒店も営む中初商店は北陸各地の銘酒も取り揃えている。

防空壕に足を踏み入れると外気とは異なるひんやりとした空気に包まれる。

関口は「みえないものを感じるために助けになるのが『言葉』である」と語る。

◾️白山市鶴来エリア

金沢中心部から車で30分ほどの場所にある白山市鶴来町では、 1991年から99年まで「鶴来現代美術祭」が開催されていた。キュレーターとしてベルギー人のヤン・フートが招聘され、地元企業とアーティストが協働して制作が行われるなど、当時としてはかなり先駆的な芸術祭であった。発酵文化芸術祭の期間中、横町うらら館では当時展示されていた作品、広報用資料、報道映像などの各種アーカイブを鑑賞することができる。

休憩所や集会所としても利用されている横町うらら館は190年前の古い商家を活用したもの。

そんなアートの残り香を醸し続ける当該エリアでは既に廃線となった鶴来線の跡地に深田拓哉の作品が圧倒的な存在感で展示されている。巨大な鉄をモチーフに、すでに「ここにないもの」や「忘れ去られた記憶」を作品化する姿勢はまさに深田の真骨頂と言っていいだろう。

深田拓哉の作品《ここはぼくたちのもの(そしてそうじゃない)》 1995年生まれの深田は鉄の彫刻をライフワークに活動を続けている。

◾️大野エリア

日本海に面した港町である金沢市大野は特に醤油の産地として有名であり、「金沢発酵食品の聖地」とも言われている。ここにあるヤマト醤油味噌では、ドミニク・チェンが率いるユニット、Ferment Media Researchの作品「糀蔵バース」を体感することができる。
大きな木桶に設置された「Misobot」は、ノックして味噌の状態や大野の歴史について訊ねると自動的に応答してくれる。また蔵のなかではユニットメンバーであるソン・ヨンア作の麹菌を表現したソフトロボットも点在している。デジタルやAIの力を付与することで、発酵の仕組みをより立体的に理解することができるのだ。

別称は「味噌の妖怪」。中央のセンサーが目玉のようでどこか愛くるしい。

ソン・ヨンア作の麹菌を表したソフトロボット。麹の働きと連動した収縮と膨張を見ることができる。

また同エリアにある紺市醤油では、ヒバ材を用いた三原聡一郎の作品が展示されている。日々醸造が行われている蔵の奥で、3本のヒバの木が装置を使ってゆっくりと回転しているのだが、周囲でポツリポツリと滴る醤油の音とコラボレーションすることで、異質なアート空間を生み出すことに成功している。蔵の環境が影響することで、ヒバのしなりや形状も次第に変化していくだろう。訪れる度に新たな発見がある場所だ。

三原聡一郎の作品《it’s in the air(microbiome)》

発酵とは微生物の力が働き物質を分解させる自然現象であるのと同時に、「主体」と「客体」という垂直で閉じられた関係性を解き放つクリエイティヴな視点を提供してくれる。参加したすべてのアーティストには、発酵に自身の作家性を委ね、そこから生まれる予期しない応答や変化を包み込む寛容さがあった。(写真/前伊知郎)End

発酵文化芸術祭 金沢

会期
2024年9月21日(土)〜2024年12月8日(日)
会場
金沢21世紀美術館 プロジェクト工房、髙木糀商店、大手町洋館、福光屋、じょーの箱、四十萬谷本舗、中初商店、今川酢造、元印刷所、紺市醤油、直源醤油、ヤマト醤油味噌、北陸鉄道石川線野町駅、鶴来駅廃線跡、小堀酒造店、旧加賀一ノ宮駅、額三、横町うらら館鶴来商工会
詳細
https://fermenarts.com/