ふたたび、デザインの力で“無理ゲー”課題を乗り越える
「NUERON NAGOYA」開催

デザインとその周辺の人々によるネットワーキングと創発の場として2023年に始まったデザインイベント「NEURON(ニューロン)」。その3回目となる「NUERON NAGOYA」が、去る8月28日、名古屋駅前のなごのキャンパス体育館において開催された。テーマは第1回につづいて「デザインの力で“無理ゲー”課題を乗り越える」。

イベントはゲストによるトークと、インハウスデザイナーによるピッチ大会、懇親会で構成。今回は体育館が会場ということもあり、まずはラジオ体操第一から始まった。

身体を温めた後は、ピッチ前の緊張と脳みそ?をほぐすために参加者全員で乾杯。ニューロンはいきなり飲む。

そして、ゲストスピーカーのMIMIGURI 代表取締役 Co-CEOの安斎勇樹さんが登壇。「 “無理ゲー”課題の乗りこなし方」をテーマに語ってくれた。

ゲストスピーカーのMIMIGURI 代表取締役 Co-CEO 安斎勇樹さん。

安斎さん曰く「現代のビジネスシーンは本当に複雑で、ほとんどのビジネスパーソンが調整不可能な無理ゲーにさらされているはず。では、それをどう乗り越えるか……。人間は誰しも矛盾した欲求を持っている。Aしたい、けれど実はBしたい。それが感情パラドックス。例えば、『この有望サービスを伸ばしたい』という正の欲求の一方で、『正直飽きた、別のことをやりたい』という負の欲求がある。しかし、多くの場合、片側の欲求はなかったことにされる。片側の欲求を隠蔽すると、どうするのかという問いが歪み、無理ゲーが悪化する。だから矛盾をまずは受け入れて、両立する新たなゲームをつくる必要がある……」。

詳しくは安斎さんの著書「パラドックス思考」を読んでいただきたい。

つづくピッチ大会には9社のデザイナーが登壇。

カリモク家具 デザイン部の伊藤崇真さん。

トップバッターはカリモク家具 デザイン部の伊藤崇真さん。同社は「木とつくる幸せな暮らし」という理念のもと、家具だけでなくあらゆるジャンルの暮らしの課題を木で解決している。しかし、ザハ・ハディド・デザインと取り組んだ「SEYUNシリーズ」は、なんとメタル前提の椅子。「え、木じゃない?」。コロナ禍という大変な状況のなか、逆転の発想でいかに無理ゲーを乗り越えたかを語った。

サンゲツ スペースプランニング部門の尾﨑拓磨さん(左)と蜂谷 賢さん。

サンゲツからは、スペースプランニング部門の蜂谷 賢さんと尾﨑拓磨さんが登壇。「壁紙同士のジョイント部分が目立つとアウト」「下地の凹凸が目立つとアウト」など、壁紙にはいくつもの無理ゲーポイントがあり、サンゲツではそれらを乗り越えてきた。しかし、そんな目立たない壁紙を主役にできないか。国立科学博物館の協力のもと開発した通称「壁紙おうち博物館」プロジェクトがスタート。学術的にも正確でデザイン的に映える壁紙をいかに開発したか。その大変さを語った。

ノリタケ 食器事業部 開発・技術部 デザイングループの伊藤純平さん。

ノリタケからは、食器事業部 開発・技術部 デザイングループの伊藤純平さんが登壇。「インド市場からの“無理ゲー”課題」と題して、インド市場向け商品開発の苦闘を語った。インド市場では主に白磁素材の食器をメインに販売してきたが、マーケティング部門の要望を受け、高価格帯だがカラフルな発色が美しいボーンチャイナ素材の食器開発にチャレンジ。しかし、インドでは神聖な動物である牛の骨灰を含む素材であることも影響してか、売り上げが振るわない。ならばとインド絵画でも馴染み深い牛をモチーフにデザインしたところ、地元代理店からは「神聖な牛の絵柄に食べ物をのせるのはよくない」とばっさり。まさにインド市場こそ無理ゲーである。しかし、デザイナーとしてやることはひとつ。諦めないこと。これからも伊藤さんの挑戦は続く。

左から、トヨタ自動車 ビジョンデザイン部の須田陽祐さん、山田陽介さん、多賀柊子さん、八木葵衣さん、中嶋孝之さん。

トヨタ自動車からは、ビジョンデザイン部の中嶋孝之さん、須田陽祐さん、山田陽介さん、多賀柊子さん、八木葵衣さんの5名が登壇した。タイトルは「ゲームを無理くり作った話」。東京ゲームショー2023でローンチした、メタバース空間で行うVRカーカスタムゲーム「爆走クラブ2023」の開発秘話を披露した。夏に発表のゲームの開発を4月から始めるという“時間無さ杉”問題をはじめ、ライバル企業との協業など、いくつもの無理ゲーを、いかに無理をして乗り越えたか。「パワーあるのみ!」と語り、会場をわかせた。

左から、豊田自動織機 製品企画部デザイン室の後藤涼太さん、岡田 悠さん、増田理希さん。

豊田自動織機からは、製品企画部デザイン室の後藤涼太さん、岡田 悠さん、増田理希さんが登壇。冒頭いきなり、容赦なく自分たちの会社をディスりたいと会場を驚かせ、「うちの会社キラキラしていない件」というタイトルで話し始めた。とにかく堅い自社のイメージをいかに変えていくのか。キラキラしたい。笑顔で不満をぶちまけつつ、「KIRA KIRA VISION」と題して、ロゴの刷新やオフィスリニューアル、デザイン部門を全社のデザインコンサル的組織にするなど、野望をぶち上げた。こんなことを話して大丈夫なのかと心配だが、今後の動向に注目したい。

アイシン デザイン部の増田拓海さん。

アイシンからはデザイン部の増田拓海さんが登壇した。テーマは「微細水粒子技術の事業ブランディング」。アイシン独自開発の新技術「AIR(アイル)」の事業展開におけるブランディングについて語った。ナノサイズの水粒子を空気とともに放出、浴びることで、髪や肌の内部まで浸透してとどまる「保湿」や、薬剤の浸透を促す「導入」の効果がある技術だが、エビデンスはあるもののほとんど体感できない。しかも、美容や理容という新規参入分野で、どうやってユーザーに訴求するのか。「見えないし、感じないけれど、本当に存在している」ということを伝えるための悪戦苦闘を綴った。

デンソー デザイン部の宮井智尋さん。

デンソーからは、デザイン部の宮井智尋さんが登壇。タイトルは「デザインの力で幸福を開発するという無理ゲーへのチャレンジ」。ある日いきなり上司から「幸福の研究に興味ない?」と尋ねられた宮井さん。「なんか怪しい」と思ったものの、デザイン組織として「幸福」を研究することに。リサーチを重ねるうちに幸福にもさまざまなかたちがあることに気づき、挑戦や自己実現で感じる幸福をテーマに研究を続けた。幸福のメカニズムを解明するためにアプリを使って定量化するなどのプロセスを経て、これからは「量産の中で幸福を取り扱う」というさらなる無理ゲーに挑もうとしている。

左から、富士フイルム デザインセンターの中村佐雅仁さん、河西未来さん、鈴木陽香さん。

第1回から参加の富士フイルムだが、今回も名古屋まで遠征で参加した。送り込まれたのはデザインセンターの中村佐雅仁さん、河西未来さん、鈴木陽香さん。AXIS増刊号でも紹介したデザインセンターの新拠点「CLAY STUDIO」のデザインがいかに無理ゲーだったかを語った。建築家とゼネコンにデザイナー混じって建築をデザインし、インテリアやサインにマンホールなどすみずみまで自分たちでデザイン、さらには開所式のノベルティも……。そんな彼らの結論は「無理ゲーは自分たち(デザイン)を成長させるハードルとなる。つまり、無理ゲーとはエネルギーなのである」。これからもCLAY STUDIOどこかで無理ゲーが生まれているに違いない。

東海理化 デザイン部の五十嵐大智さんと山本優弥さん。

トリは東海理化 デザイン部の五十嵐大智さんと山本優弥さん。いきなり「デザイン部が企画しても社内で全然通らない」という現状を語りはじめた。デザイン部の能力や活動を社内で認知してもらうために、他部署のさまざまな困りごとに対処しようとしたところ、施設更新担当から持ち込まれたのは「野球場リニューアル案の建築図面にしたがって絵を描く」ということ。そこで「野球場リニューアルのいい感じの絵を描く」という無理ゲーに挑戦。ただ絵を描くだけではなく、デザイン部らしさを出すために、立体で動かせる表現のCGを作成。取り組みはじめたばかりで知識が少ないなか、なんと3日で仕上げ、社長からも好評だった。つづいて新工場の絵を描くことになり。今では建築CGもできる部署として活動している、という話。

総評として、安斎さんからユニークなコメントがあった。
「ニューロンはM1的な場になっていると感じました。“ネタ性”が高まっていて、どんどん面白くなっている。例えば、現場で無理ゲーをやっているときは本当にしんどいけれど、このネタをニューロンで喋ってやるぞと思えば、ネタとして相対化できて、あとでみんなとつらいことを分かちあえる。ニューロンは大変なデザインプロジェクトの救いと学びのコミュニティになる。そんな可能性を感じました」。

ピッチ大会後は懇親会。普段あまり顔を合わせることのない異業種のデザイナーとの会話や、それぞれのピッチについてのさらに深い話、今後の共創の可能性など、これからにつながるネットワーキングの場となった。次回ニューロンは12月に東京での開催を予定している。

第1回 NEURON TOKYO 「デザインの力で“無理ゲー”課題を乗り越える」
第2回 NEURON TOKYO in 浅草 「妄想デザイン 実はこんなこと考えています」