タイププロジェクトの「フィットフォント」で
企業の「声」をつくる

今号vol.230(2024年10月発行)から、本文のメインフォントに「AXIS Font」の新しいウェイト「AXIS FF ProN T」の使用を始めた。その開発にあたって活用した、フォントの研究開発および制作を行うタイププロジェクトのフィットフォントサービスと、企業のコーポレートフォントの開発事例について、同社の代表の鈴木 功に取材した。

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AXIS Fontに本誌専用の新しいウェイトが誕生

AXIS Fontはタイププロジェクトが本誌のために、数年かけて研究開発したものだ。2001年に誌面に採用して統一を図って以来、このフォントは伝えたいメッセージをよりシンプルに、明快に読者に届ける雑誌の「声」となった。また、端正で洗練されたフォルムは可読性が高く、人に寄り添う温かみも感じられると評判を呼び、03年に市販されてから企業やデザイン事務所、美術館などでも幅広く使用されている。AXIS Font のもうひとつの特徴は、UL(ウルトラライト)からH(ヘビー)まで7種類という、多彩なウェイト(フォントの太さ)を揃えていることだ。ところが、この7月に発行したvol.229で大幅な刷新を図ったことで、新しいウェイトの必要性が生まれた。本誌のアートディレクターの新田裕樹は、その理由をこう語る。「版型を縮小したのに合わせて本文のフォントのポイント数を下げたところ、これまで使用していたL(ライト)だと細く見えてしまい、その上のR(レギュラー)では少し太い印象に。その中間のウェイトのフォントがあるといいのではないかと考えていました」。

本誌では、これまで誌面の内容やリニューアルに合わせて、タイププロジェクトが開発した新しいフォントを導入したり、微調整を加えてきた。今回はフィットフォントサービスを活用して、LとRの中間のウェイトの「AXIS FF ProN T」を制作。誌面のサイズやフォントのポイント数とウェイトのバランス、視認性や可読性などのテストを重ねて開発された。

タイププロジェクトでは、「フィットフォント」というフォントの設計を行うサービスを展開している。目的や用途に合わせて、自社製品のウェイトや字幅などの微細な調整を図って、オリジナルのフォントを設計して提供してくれるというものだ。多様な使用状況を想定してテストを重ねて開発するため、いろいろな場面に柔軟に対応する汎用性の高さも魅力となっている。このフィットフォントを活用して、本誌用にLとR の中間の和欧のウェイト「AXIS FF ProN T」を新たに開発し、今号のvol.230から本文のメインフォントとして使用している。新田は、作業の効率化にもつながったという。「フィットフォントのもうひとつの利点は、和欧のフォントをひとつのファイルにパッケージングして提供してくれることです。これまでは和文と欧文のフォントをそれぞれ選んでいましたが、ひとつのフォントを選ぶだけで自動的に混植されるのでとても便利です」。AXIS FF ProN Tは、AXIS Fontの欧文に加えて、AXIS LatinProからスモールキャップスやオールドスタイル数字、プロポーショナルライニング数字のそれぞれ正体とイタリックを収録した特別仕様となっている。

企業のコーポレートフォントの導入が増加

日本では、この10年ほどでフォントの役割や価値に対する認識が高まり、AXIS Font のウェイトの例のように、フィットフォントサービスにはさまざまな相談が寄せられるようになった。なかでも企業のコーポレートフォントの設計の依頼が増えているという。

その代表的な事例に、グローバル展開やブランド強化のために、自社の欧文フォントに合わせて新たに和文フォントをつくるケースがある。その際に洗練性や可読性、温かみの要素を併せもつAXIS Fontをベースに設計してほしいという要望が多いそうだ。ブリヂストンもその一例で、和欧のコーポレートフォントが揃ったことで、「社外に対して統一感のあるブランドイメージの表現が可能になり、社員が日常業務でフォントを使用することで、インターナルブランディングの効果も感じている」という声が寄せられた。

ブリヂストンでは、自社の欧文フォントに合わせて和文フォント「Bridgestone Type TP」を導入した。2022年3月に制定した企業コミットメント「Bridgestone E8 Commitment」のキービジュアルにも採用している。

また、企業では、名刺や封筒、会議の資料、広報、販促、ウェブサイトなど、紙媒体からデジタルメディアまでフォントの使用が多岐にわたる。TBSではコーポレートフォントの導入により、「テレビ放送とウェブサイトの見え方の統一を図ることができ、時間との闘いを強いられる報道番組では、毎回フォント選びに悩まなくなり、作業時間の短縮やコスト削減につながった」と、その効果を実感している。

TBSではリブランディングを機に、ブランディングフォント「TBS Sans TP」と、コーポレートフォント「TBS ゴシックTP」「TBS 明朝 TP」を開発。現在、全社員のパソコンにプリインストールされ、日常で使用されている。

サントリーホールディングスのように、飲料の成分表示の小さなスペースに、義務化された内容をいかに効率的に組むかという課題を解決に導いたというケースもある。デザインセンターから、「迅速に美しく組めるだけでなく、テキストを流しただけで完成に近いレベルに組むことができる」と反響があった。

健康への関心の高まりから、飲料の成分表示内容は増える傾向にある。サントリーホールディングスでは、成分表示制作用のカスタマイズフォント「AXIS SUNTORY TP」を導入。「作業が3割ほど早くなった」という声もあがった。

タイププロジェクトの代表の鈴木は言う。「私たちはただ美しいフォントを設計するのではなく、企業の歴史や理念、目的や用途、機能、課題解決など、多様な要素を盛り込み、開発に取り組んでいます。つまり、コーポレートフォントは、その企業のアイデンティティを表現するものであり、フィロソフィや価値を雄弁に語る『 声』になると私は考えています。

タイププロジェクトでは、日本デザインセンターの色部デザイン研究所が手がけた皇居三の丸尚蔵館のロゴマークに合わせるフォント「純丸明朝」を調整して提供。端正な骨格と優美な表情が特徴で、同館のオリジナルアイテムにも展開中。

フォントは文字の書体という以上に、多くの情報を内包し、未知数の可能性を秘めているとも言える。また、他社にはない独自の「声」をもつことは、特にグローバル展開を考える企業にとって、世界の舞台で闘うためのコミュニケーションツールとなる。コーポレートフォントは、今後ますます重要性が高まっていくだろう。

本記事はデザイン誌「AXIS」230号「デザインを拡張するテクノロジー 」(2024年10月号)からの転載です。