関東有数の観光地、箱根・芦ノ湖。2024年2月、「芦ノ湖に浮かぶ緑の公園」をコンセプトに新たに登場したのが、富士急グループの「箱根遊船 SORAKAZE」です。
デザインを手がけたのは、観光列車「えちごトキめきリゾート 雪月花」をはじめ数々の鉄道車両や船舶を手がけてきたモビリティー建築家、川西康之さん。遊び心あふれる船内のサインに使用されているのはAXISフォントです。
川西さんと、富士急行株式会社の企画部、椎名 望さんのおふたりに、「箱根遊船 SORAKAZE」の特徴と、AXISフォントを選んだ理由について伺いました。
天然の芝生に本物の蔦の葉が生い茂る“移動する公園”
――まず「箱根遊船 SORAKAZE」が登場するまでのいきさつを教えてください。
椎名 当社は「富士急ハイランド」をはじめ、富士山周辺で事業を展開しています。その富士山の眺望を楽しめる有数の観光地、箱根への進出にあたり、皮切りとなったのが「箱根遊船 SORAKAZE」です。
船のベースは、1985年に竣工した西武グループの「箱根丸」。エンターテインメントが中心の富士急グループとしては、プラスαの新しい要素を加えた“オンリーワン”の船をつくるべくプロジェクトをスタートさせました。私が所属する企画部は、遊園地系のアトラクションをはじめ、園内のレストランや店舗、キャンプ場といった多岐にわたる施設の開発をしています。
内部の話し合いだけでは、なかなか尖ったものが生まれないので、他部署でご縁があった川西さんに相談し、設計をお願いしたのがはじまりです。川西さんのお話はいつも斬新で、私たちだけでは考えつかない案をたくさんいただけて、とても勉強になりました。
――船のコンセプトは「芦ノ湖に浮かぶ緑の公園」ですが、その発想の源はどこから生まれたのでしょうか?
川西「箱根遊船 SORAKAZE」の元となった「箱根丸」は双胴船で、景色を楽しめるよう1階、2階の窓は大きくとられていました。そして3階、4階は柱がない。視界の邪魔になるから片持ちのテラスになっているんです。
一方、芦ノ湖は箱根火山のカルデラ湖なので平地が少なく、子どもが遊べる場所が少ない。だったら、このテラスにブランコをぶら下げて公園のようにベンチにしたいと思いました。
公園ならば人工ではない本物の植物が欲しい。そこで3階のデッキに天然芝を敷き詰め、船尾には天然の蔦を植えています。さらに4階のデッキには、「ケンケンパー」で遊べる飛び石も配置しました。
椎名 船に本物の土や植栽を載せたのは、たぶん日本では初めての試みだと思います。当社は緑を大切にしており、「富士急ハイランド」も、ほとんど木を伐採することなくつくり上げた緑豊かな遊園地です。
当初は人工芝を使うという話もあったのですが、環境に配慮し、植物を大切にしている会社の強みを活かしたいという川西さんの強い希望もあって、天然の植栽に踏み切りました。前代未聞の試みだったため、スタッフとしてはこれを実現させるのがいちばん苦労したところかもしれません。
――入船してすぐの場所に売店があるのも便利です。
川西 「SORAKAZE」の乗船時間は40分。多くのお客様がバスや自家用車で船着き場にいらっしゃいます。船に乗っている40分というのは運転することもなく景観を存分に楽しめる休憩時間です。そうなると珈琲一杯、ビール1本でも飲もうかという気持ちになるでしょう。
そこで、入船して最初に目にする入口に売店を置いて華やかさを演出し、飲み物を置けるよう、すべての席にテーブルを設けました。
――デザインの参考にされたのは、川西さんが暮らしておられたパリ・セーヌ川のバトー・ムッシュでしょうか?
川西 むしろ、ニューヨークのハイライン(マンハッタンの高架跡地を再開発した空中庭園)ですね。ニューヨークで取り残されたように寂れてお荷物とされていた場所に緑を植えて歩行者専用のスペースとしたことで、あの場所は大きく変わりました。
違う視点を取り入れたことによって、今、ニューヨークではいちばんおしゃれといわれるエリアになったのです。新しい視点って、僕はとても大事だと思うんです。自然を大事にしたいという事業主の思いを取り入れながら、箱根にどんな新しい視点を持ち込むか、それが今回の大きなテーマでした。
上階の魅力を伝え、誘導するための見やすいフォント
――船内にはブランコ風のベンチや、富士山をイメージしたソファ、畳を敷いた小上がりなど、さまざまなタイプの椅子があって、各階を巡って座ってみたくなりました。
川西 15種類ものさまざまな形、色の椅子を置いています。改修前の船は1階、2階に一昔前の無機質な椅子が並び、3階、4階には椅子がまったくありませんでした。お客さんの流れを見ていると最初に座った席から動かず、3階、4階まで上がってこない。
気持ちよく景色を眺められる上階の価値が伝わっていなくて、40分の乗船時間を楽しんでいるように見えなかったんです。これはまずい、とにかく上階に行ってみたいと思わせなくては、というのが今回のデザインのポイントです。
回遊してもらうために採用したのが、2つの丸にピクトグラムと文字情報を入れたサインです。「上にもっとおもしろいものがありますよ」とお誘いするのがサインの役目。そのためには読みやすく、外の明るさに比べて照度が落ちる船内でもちゃんとわかるものにしたいということで、わかりやすく視認性の高いAXISフォントを選びました。
椎名 AXISフォントは、今回、川西さんから「いちばん読みやすい」と勧めていただいたものです。実際設置してみると、英語も日本語も視認性が高くてとてもわかりやすく、良かったですね。
――鉄道車両と船舶とでは、サインの考え方は違うのでしょうか?
川西 船は鉄道よりもはるかに建築に近いと思います。鉄道車両は幅が2.9mと決まっていますから、細長い通路の先にトイレがあるということをサインで表さなくてはならない。今回の「SORAKAZE」は双胴船で、揺れが少ない上に船体が広い。比較的建築のスケールに近いから、サインと目の距離が近いんです。そういう意味では、サインは船のほうがつくりやすいですね。
――川西さんがサインのフォントを選ぶ基準は何でしょう?
川西 日本語、英語、数字の3つのバランスがとれていること。その点、AXISフォントはこの3つのバランスがとれています。さらにクセがなくて主張しすぎず、離れた場所からも見やすく、暗い場所でもわかりやすい。フォントは細すぎてもだめです。
建築家は往々にして細い書体を好きな人が多いのですが、細すぎると見にくいということで、後々、運営側に太い文字で書かれたラミネートをサインの上に貼られてしまう(笑)。太くてもカッコイイ書体、太くてもかわいいフォントって案外珍しいんですよ。