この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエーティブセンター、岡田憲明氏の監修でお届けします。
「ストラテジックフォーサイト(戦略的先見性)」とは、組織としての先見性のある見解を十分な情報に基づいて創出することをいいます。従来のストラテジックフォーサイトでは、変化のシグナルを見つけ、シナリオを立案して戦略を組み立てるうえで、分析や人間の直感、経験、創造力に頼っていました。この作業には、将来の開発に取り組むに当たって取りうるさまざまな立場や、世界に対する独自の視点が取り入れられています。現在は技術の進歩、特に人工知能(AI)の領域の進歩によって、各種の視点に新たな次元が加わっています。
AIの出現がもたらす新たなメリットは、人間の能力を拡張し、組織による未来思考へのアプローチを根本的に変革する可能性があることです。本記事では、AIを活用して未来思考を広げる3つの方法と、注意すべきポイントをお伝えします。
AIの活用で、複雑なストラテジックフォーサイトのプロセスを効率化する
frogは先頃、AIを活用した未来インテリジェンスプラットフォームと提携し、先陣を切って大手インフラ事業者向けの革新的なストラテジックフォーサイトの取り組みを開始しました。この取り組みでは、AIの計算能力を活用して複合的な層をなすストラテジックフォーサイトのプロセスを効率化し、何千もの変化のシグナルを統合・分析して、変革をもたらすインサイトを明らかにしていきました。
このコラボレーションは大きな躍進となり、従来のシナリオ計画におけるプロセスをデータ主導型のダイナミックな方法に変革しました。この独自のアプローチにより、クライアントは将来起こる変化を予想するだけでなく、イノベーション戦略を新たなビジネス機会と整合させることが可能になりました。この方法は、情報に基づく意思決定のための新しい業界基準となっていくでしょう。
基本的に、ストラテジックフォーサイトのプロセスには次の3つの段階があります。AIはすべての段階においてさまざまな作業に活用できるため、フォーサイトの取り組みの範囲を広げ、効率を大きく高めることができます。
1.シナリオ立案
分析の土台づくりをし、最後に対象とするテーマにかかわるさまざまな未来の可能性を見極めます。
・変化のシグナルを読み取る
・主な変動要因間の因果関係を突き止める
・AIを活用してシナリオを生成する
・生き生きとした語り口で未来のシナリオを描く
・未来を視覚的に表現した資料を作成する
2.シナリオ計画
シナリオで描いた自社のビジネスが未来に及ぼす影響を判定し、それぞれの未来について柔軟な条件付き戦略を策定します。
・シナリオの影響を査定し、シミュレーションする
・各種の戦略的対応のロバスト性(堅牢性)を評価する
・それぞれの戦略的パス(道筋)の機会費用を検討する
3.シナリオモニタリング
条件が変化するなかで、それぞれの戦略が常に妥当性を維持し、変化に対応できるように継続的に監視します。
・可能性のあるシナリオの早期の兆候を読み取る
・センチメント分析※1※を実施する
・パターンの変化を追跡する
・対応の有効性を分析する
ストラテジックフォーサイトの取り組みを拡張しようとする場合、AIはその効果を倍増させます。何百万もの可能性をあっという間に処理し、見過ごされがちな変化のシグナルや、パターン、相関関係を見つけ出すことができます。
しかし、AIのメリットはその計算能力だけではありません。AIにセンチメント分析やクロスインパクト分析※2などの高度な解析ツールを適用するように学習させることで、生データを実用的なインテリジェンスに変換し、ストラテジックフォーサイト活動の幅を広げ、精度を高め、リードタイムを向上させることができます。
さらに、AIは「弱いシグナル」、つまり、まだほんのかすかであったり、頻度が低かったりして人間は気づかないものの、重大な変化の可能性を示す早期の兆候を見つけ出すのに役立つ場合があります。そうした兆候が見つかれば、変化への適応に向けていち早くスタートを切ることができます。組織としては願ってもないメリットです。
※1 センチメント分析:テキストデータや音声データをもとに人間の感情を分析する方法。
※2 クロスインパクト分析:特定の出来事の確率を予測し、さまざまな要因や変数が将来の意思決定にどのような影響を与えるかを予測するための分析手法。
ストラテジックフォーサイトのプロセスにAIを活用する3つの方法(および避けるべきこと)
1.前提を疑う
AIを活用すると、人間の判断を往々にして曇らせる認知バイアスを克服できます。AIは利用できるすべての情報を公平に扱うため、「確証バイアス」(既存の信念を肯定する情報を重視し過ぎる傾向)や「利用可能性バイアス」(簡単に思い出せる情報を重視する傾向)が生じる可能性を抑えることができます。AIシステムは多様な視点と客観的分析を取り入れることで、人間の判断に潜む先入観に影響されずに、十分な情報に基づく意思決定ができるように組織を支援します。
ただし、次のような注意が必要です。AIモデルの能力は学習したデータによって決まります。つまり、慎重に使えばバイアスを克服できるものの、逆にうっかり既存のバイアスを持続させたり、学習したデータに基づいて間違った推測をしたりする可能性もあるということです。ストラテジックフォーサイト活動の整合性を維持するには、意思決定だけでなく、AIの訓練、検証、モニタリングに関しても、人間が継続的に指導監督することが不可欠です。
2.創造性を高める
AIは、シナリオを立案する際のクリエイティブの支援に利用できます。AIは入力パラメータを体系的に変更することで、一見すると常識外れだとかあり得ないと思えても実は戦略的に重要かもしれないものも含めた可能性を、幅広く探ることができます。
またAIは、対象を絞ったプロンプトを使ったテキストの組み立てや、相手に寄り添った語り口が可能で、そのことはシナリオを伝えるうえでも役に立ちます。シナリオ立案を終えた後は、何百とはいかないまでも何十種類ものシナリオの潜在的な影響や結果を予想し、それぞれのシナリオに伴う機会とリスクを生成することにも活用できます。さらに、さまざまな偶発的な出来事に備えるための戦略的な道筋を提案できるようにAIを訓練し、戦略的な計画立案をさらに強固なものにし、かつ迅速に進められるようにすることも可能です。
ここでの注意点は次のようになります。AIの現状の機能では、感情や共感、対人関係の複雑な相互作用を再現することや、私たちの世界観を形づくっている根深い思い込みを読み解くことはまだできません。ストラテジックフォーサイトの取り組みを活性化し、戦略的なインサイトから実際的な計画を導き出すには、人間によるインプットだけでなく、既存のメンタルモデル※3を疑い、再定義できることが必要になります。
例えば、新しい戦略的方向性の採用をチームに納得してもらうには、説得力のあるデータを見せるだけでは足りません。そのチームの懸念を理解する共感力や、変更のメリットをわかりやすく説明するコミュニケーションスキル、そして移行期間を通じてチームを導くリーダーシップが求められます。
ここで大事なのは、信頼を呼び起こし、共通の将来のビジョンを育てることです。AIは「何を」と「いつ」を提示することはできますが、「なぜ」と「どうやって」は人間のリーダーが提示しなければなりません。組織内の力学やステークホルダーの利益、感情の機微を理解したうえで、データ主導型のインサイトにコンテキストや妥当性、緊急性の要素をプラスするのがリーダーの役割です。
※3 メンタルモデル:誰もが無自覚に持っている固定観念や思い込み。
3.パターンを見つける
AIボットは、フォーサイトのプロセス全体を通じて継続的にリアルタイムのインサイトを確保しながら、無数の研究論文や報道記事、SNSなどをあらかじめ定義された基準に従って検索し、大規模データのなかから一定のパターンを見つけ出して、全体像を描き出していきます。絶えず学習を続け、性能を高め続けるAIは、時間とともに検索アルゴリズムを進化させ、パターンを見つけたり関連するシグナルを特定したりする能力を向上させていきます。AIを活用した水平スキャニングは、過去の実績から学んで将来の仕事の効率を高めていく、疲れを知らない優秀なスパイのような存在です。
ここでの注意点は次のようになります。パターンを見つけるだけでは不十分です。ストラテジックフォーサイトにAIを取り入れると、「ブラックボックス」、つまりAIの意思決定の中核にある不透明な部分と向き合わざるを得ません。AIが生成する出力の論理的根拠は常に明確なわけではなく、意思決定者に難題を突きつけます。合理的な説明ができることを目指すのは、学問の世界だけの話ではありません。AIの複雑なニューラルネットワークによって導き出された戦略的選択が、その結果に責任を負う人にとって理解でき、信頼でき、それに基づいて行動できるものかどうかを確認することが必要です。
人間とAIの協働において重要なのは、適切なバランスを見つけること
成功につながるストラテジックフォーサイトは、想像や考察と証拠や分析とのバランスがとれています。その根拠は、人間の経験は本質的に複雑で、多面的で、絶えず変化していくという考え方にあります。課題を導き出すプロセスは、人間が主導しなければなりません。AIシステムは分析と予測、情報提供はできますが、人間が持つ価値観や感情、社会的背景の機微を理解する力はありません。AIは進化していますし、私たちの生活のさまざまな面に影響を与えているとはいえ、 その技術を応用する際の課題を設定し、運用に当たっての倫理的限度を決めるのは人間の役目です。
社内での人間とAIの協働において適切なバランスをとるには、次のような運用原則が必要になります。
・文化を第一に考える:学びと新しい働き方への適応を優先することで、組織内の意識を正しい方向へ向けましょう。つまり、業務に適切なツールを配備し、多様な視点を取り入れ、変化に迅速に対応できるようにするということです。
・インサイトを起点にする:大規模なデータセットからインサイトを抽出し、それを基に意思決定プロセスを進めましょう。データの解釈がうまくいけば、新たな展開を理解し、フォーサイトの方法論を応用することができます。
・テクノロジーを活用する:複雑な情報を処理して解釈し、戦略的なフォーサイトと開発に活用できる技術インフラを構築(または利用できる体制を整備)しましょう。
frogでは、AIが持つ本質的な限界は人間とAIの協働の重要性を明確に示していると考えます。したがってクライアント向けの業務でAIを利用する際にも慎重を期しています。目指すのは、AIの計算能力と客観的分析を活用しながら、人間がコンテキストに応じた理解と倫理的な判断に寄与することで、シナジー(相乗作用)が生まれる関係です。この点は「厄介な問題」、例えば気候変動など、不確実性が高く、社会的、文化的な背景と深く絡み合った複雑で多面的な課題に取り組む場合に極めて重要になります。
AIはストラテジックフォーサイトを変革する可能性を秘めていますが、その実現に向かう道筋は、AIと人間がバランスのとれたかたちで連携し、それぞれの独自の強みでプロセスに貢献することにあります。AIの技術を人間の戦略的な洞察力にとって代わるものではなく、その拡張手段として取り入れ、明日の世界での成功への道筋がデータ駆動型であると同時に人間的でもあるようにすることが、当面の課題となるでしょう。