世界最高峰のデザイン・広告賞から覗くデザインの現在
D&ADアワード2023審査会レポートvol.3:約束を守るプロダクト

ブラックペンシルを受賞したプロダクトデザイン部門の「Heartbeat Drum Machine」。

長い時間のなかで使うもの

2023年のD&ADアワードでは過去最高の3万作品がエントリーされ、受賞した639作品のなかで最高賞のブラックペンシルに輝いたのは、プロダクト部門の「Heartbeat Drum Machine」とビジュアルエフェクト部門の「Cash In Cash Out」の2作品だった。

ブラックペンシル作品が選出されたプロダクト部門で審査員長を務めた、プロダクトデザイナーの鈴木元さんにお話を聞いた。

すずき・げん/GEN SUZUKI STUDIO代表。1975年生まれ。金沢美術工芸大学を卒業後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修了。パナソニック、IDEOロンドンとボストンを経て、2014年GEN SUZUKI STUDIO設立。

——プロダクト部門からはブラックペンシルのほか、多くの受賞作品が選ばれました。審査はいかがでしたか。

一般的にデザイン賞は、ぱっと見てわかりにくいクラフトの部分が評価されにくい傾向がありますが、D&ADは審査基準を明快に3つ設定していて、そのふたつ目に「優れたエクスキューションか?」と明記されています(レポートvol.1を参照)。そのため、アイデアだけでなく目立たない部分まできちんとつくり込まれているモノ、質良くデザインされているモノが見過ごされずに選ばれたと思います。

——議論になったテーマはありましたか。

広告系の販促物としてつくられたプロダクトのエントリーも多くあったのですが、プロダクトは本来、日々の長い時間のなかで使っていくものであって、メッセージを伝えるための媒体ではないので、そういうプロモーシャルな作品をプロダクトデザインとしてどう判断するべきか、という議論がありました。

——今年ならではの特徴はありましたか。

以前よりも、ストーリーは面白いけれどエクスキューションが良くないものが評価されない傾向があったように思います。少し前までは、もうモノの時代ではない、どちらかというと背後のストーリーが大事だよね、という雰囲気があったのですが、もう少し現実的に、ストーリーも大事だけどやはりきちんとつくらなきゃね、という方向に向いていますね。

お手本のようなデザイン

——イエローペンシルはどのような作品が受賞されましたか。

ひとつは「MacBook Air」です。見た目は控えめですが、リサイクルアルミを100%使っていたり、冷却ファンをなくすことで消費電力を抑えていたり、中がしっかりとアップデートされています。

(上)(下)イエローペンシルを受賞した「MacBook Air」。

見た目でわかりやすく変わったことをアピールしているわけではなく、落ち着いた静かなデザインをしているんですよね。プロダクトは道具なので、どうアップデートされたかというのをデザインとして伝える必要は特になくて、日常のなかで使いやすいようにつくられていることが最も大切です。アップルはそのことをよく理解していて、デザインを淡々と正直に磨き上げている。そのデザインの思想は素晴らしいし、今のマーケットで買えるプロダクトのなかで最もクオリティの高いモノのひとつだと思います。本当にきちんとつくられている、お手本のようなデザイン、という意味で受賞作品に入りました。

約束を守るプロダクト

——他にはどのような作品がありましたか。

ONというスイスのスニーカーブランドがやっている「Cloudneo Cyclon2023」というプロダクトです。靴はたいがいソール部分と上の部分で違う素材を使いますが、どちらにも100%リサイクルのバイオベースのポリマーを使っています。回収して素材に戻して、半年に1回新しいものを送ってくれる、ランナー向けのサブスクリプションモデルです。

——どのような点を評価されたのでしょうか。

2年くらい前から準備をしていて、去年はプトタイプでウッドペンシルを受賞しているんですが、今年はそれが製品としてエントリーされました。コンセプトレベルで終わらせず、製品として世に出したことを評価しました。広告は社会との約束ですが、プロダクトは約束したことを守る役割を持ちます。口で言うだけでなく、製品やサービスに落とし込むことは本当に大変ですし、実際に使用して約束と違うと人は離れていく。プロダクトには責任もリスクもあるので、会社のプロモーションのためではなく、社会を良くしていこうという強い意志がなければなかなか実現できないですよね。きちんとモノにして世に問う姿勢が素晴らしいです。

ブラックペンシルの審査

——そしてブラックペンシルです。各部門のイエローペンシル受賞作品が集められ、各部門の審査員長が審査するそうですが、どんな雰囲気でしたか。

そもそもブラックペンシルを出さなくてもいいというところからスタートしているのが、他のデザイン賞にはないところです。本当にエクセレントな作品があったら与える、というスタンスなんです。審査員長は世界の第一線で活躍する素晴らしい人たちが集まっていて、クオリティやアイデアの強さなど、作品に求めることには共通するものがあるので、そこを徹底的にディベートしながら審査をしました。

——受賞作品「ハートビートドラムマシーン」について教えてください。

先天性の心臓病で苦しむ子どもの存在を知ってもらい、彼らやその家族を支援するためにつくられた、モジュラー式のシンセサイザーみたいなものです。先天性心疾患の子ども4人の心臓音を、心臓を検査する既存のECGという機械で採取し、そのビート音で音楽をつくることができるマシンです。

一点物なんですが、クリエイターやアーティストと組んでチャリティーのライブイベントをしたり、最終的にオークションにかけて売上金を全額寄付したり、プロダクトを超えた取り組みとしての意義深さがあります。ボディが全部、木製なんですよね。プロダクトデザインとしても新鮮で、本当に美しくデザインされています。背景にある意志とプロダクト、どちらも素晴らしいです。

——イエローペンシルを受賞した3作品は、それぞれ異なるタイプですね。

マスプロダクションであり、かつ生活のためのデザインを最高レベルでやっているMacBook Airと、それとはある意味で対極にあるハートビートドラムマシーン。新しいサブスクリプションモデルで環境に配慮したスニーカー。方向性は異なりますが、どれもこれからのプロダクトのあり方を示唆する素晴らしいデザインだと思います。

何のためのテクノロジーか

今回の審査会の取材を通して、今デザインにおいて、テクノロジーとソーシャルグッドの扱い方が本質的かどうかが問われていると感じた。

さまざまな部門でイエローペンシルやグラファイトペンシルなど実に12のペンシルを受賞し話題を呼んだ「McEnroe vs McEnroe」という作品がある。70年代後半から80年代に活躍したアメリカのテニスプレーヤー、ジョン・マッケンロー(64)が、AIで再現したかつての自分と対戦するという、ビールブランドのミケロブ・ウルトラのキャンペーンである。

ゲーム&バーチャルワールド部門の審査員であるクシェザ・ゲーミングの創設者兼CEOのブコラ・アキングバデ氏は、この作品を、人間性とテクノロジーが良いバランスで結びついた成功事例として評価した。
一方で、クリエイティブ・トランスフォーメーション部門の審査員長である石川俊祐さんは、このキャンペーンがマーケティングに合った意味のあるテクノロジーの使い方をされているかどうかに疑問を呈した。
「テクノロジーのためのテクノロジーは評価しませんでした。できるからやった、というものは結構あるんですが、それが本当に良い未来につながるのかどうかまで考えられているかが重要なんです」。
テクノロジーが、目新しさやインパクトのためではなく、本当にデザインのために使われているかどうかが見極められようとしている。

コンセプトだけで終わらせない

また、ブラックペンシルの候補作でありながら惜しくも受賞を逃した作品に、デジタルデザイン部門の「Backup Ukraine」がある。

この作品は、戦争下にあるウクライナで、破壊される前の文化遺産をスマホで撮影し、高解像度の3Dモデルでバックアップデータを作成するモバイルサービスだ。その社会性は高く評価されながらも、デザインとしての最終的な評価は審査員の間で意見が割れたという。

デザインにおけるソーシャルな課題を解決する役割は世界的にますます求められていて、実際に今回の受賞作品を見ても、その多くがソーシャルな課題を扱っている。しかしプロダクト部門の審査員長の鈴木元さんが話していたように、今年はソーシャルグッドという背景の素晴らしさだけではなく、モノとしての完成度の高さも重要視されたようだ。

また、本当に実社会で機能し、課題解決を実現できるのかどうかも見逃されていない。
プロダクト部門でイエローを受賞した「Cloudneo Cyclon2023」は、昨年プロトタイプとしてエントリーされていたが、今回は実際に製品化されたことが評価された。また、クリエイティブ・トランスフォーメーション部門では、ローンチされてからまだ間もない仕組みや商品は結果がまだ出ていないため、本当に実現できるかどうかが慎重に審査される傾向にあった。

テクノロジーもソーシャルグッドも、デザインに深く根を張ってきたからこそ、表面的なものになってしまっていないかがシビアに見られるようになったのかもしれない。デザインの本質や基本に今一度立ち返ることが求められている。

(文・写真/AXIS 鳥嶋夏歩)End