▲「うるしのさじ」。親が子どもの口に運ぶ、子どもが自分で持って食べる、大人も使えるデザイン。デザイン:増田多未 製作:輪島キリモト
「子どものものというと、玩具をイメージしがちだと思います。けれども、子どもにとっては玩具だけでなく、大人と同じようにさじやコップなどの日用品も暮らしのなかで必要なものなのです」と話す増田多未氏は、デザインディレクターの萩原 修氏とともに「コド・モノ・コト」を主宰し、そのコーディネーターやプランナー、ワークショップデザイナーなども務める。 コド・モノ・コトは、2005年5月に生まれたデザインプロジェクト。 子どもに良質なものに触れさせたい、そして、暮らしのなかで永く使えるものをと考え、多彩なクリエイターによるオリジナル製品を提案する。また、ワークショップをはじめ、トークイベントや勉強会など、子どもと一緒に過ごす暮らしを見つめ、「モノ」や「コト」について考えるさまざまな活動を展開している。
▲ 第1回目の展示販売会の様子。展示の場でできる限り、製品を販売することを目指している。
クリエイターが関わり、子どものことを考えてつくられたものは、今ではいろいろ出回るようになったが、コド・モノ・コトはその先駆けといえる。第1回目の展示販売会は、リビングデザインセンターOZONE(東京・新宿)の一角の小さなスペースで行われた。 そこに並んでいたのは、漆塗りのさじ、木製のけん玉、革製の靴といった品々。手に取ったときに伝わる温かい温度、子どものものに対して真摯な眼差しを向けて考えるこのプロジェクトに魅力を感じ、その後も新作発表やイベントの開催の度に注目していた。
▲「ひげ+コック帽」。食事の手伝いが楽しくなるアイテム。頭周りが調節できるので、大人も被ることができる。デザイン:のぐちようこ 製作:のぐちみつよ、金井縫製
増田氏は大学を卒業後、約7年間、欧州の玩具輸入代理店に勤めた。大学ではデザインを学んだが、そこではもっと広いものづくりの世界を体験したという。つくり手への依頼、商品管理、営業、そして、消費者の手に届けるところまで一貫して携わることができた。 また、その玩具輸入代理店では、素材や質がいいことはもちろん、つくり手が誠実であるかを重視して取り扱う製品を選んでいた。そうした姿勢を貫く女性社長から、さまざまなことを学んだという。 「例えば、一緒に電車に乗っているときに窓の外を見て、『あの看板の色、きれいね。こういうことをいつも気にしておくのよ』と言われたことがあります。デザインは、暮らしの身近なところにあり、また、表層的、即物的なものではないということも、日々の仕事のなかで教えてもらいました。今でもとても感謝しています」。
▲「こどものコップ」。サイズ、容量、持ちやすさなどが考えられ、「子どもが初めてコップで飲むのに成功した」という声をよく聞くそうだ。お父さんのぐい呑みとしても使える。デザイン:大治将典 製作:高梨良子(ガラス作家)
販売のサポートとして、売り場に立って接客しているときのことだった。わが子のために懸命に遊具を選ぶ、親の姿を目にした。子どもが口にしても安全な素材や塗料が使用されているか、子どもの発達に合わせてどういうものを与えたらいいか。「自分は今までものを買うときに、そこまで吟味していただろうか」と振り返り、親の価値観や人生観まで変えてしまう、子どもの存在の大きさに驚いたそうだ。これら玩具輸入代理店でのさまざまな経験は、現在のコド・モノ・コトの運営に大いに役立っているとも語った。 増田氏は、祖父という大切な身内が亡くなったことが転機となり、突き動かされるように退職。夜間のデザイン学校に入学。図面やスケッチの描き方を改めて学び、つくり手に依頼するときに必要とされるコミュニケーション力を磨いた。造形教室やワークショップにも参加し、通信教育で教育学や発達心理学を学ぶなどして、自分のやるべきことを模索していった。 その頃、子どもをテーマにした展示企画を行い、子どもが使う道具について考えていた萩原氏と出会う。萩原氏の人脈を通じて、同じ思いを抱いていたデザイナーや造形作家、保育士らが集結。1年の準備期間を経て、コド・モノ・コトが誕生した。
▲ ワークショップ「デザインのじかん―いろ・かたち・そざい―」。赤、青、黄の絵の具を混ぜて、カラーチップと同じ色水をつくるゲームを行った。
コド・モノ・コトでは設立当初からワークショップを行い、「体験」を重視している。例えば、青と黄色の絵の具で色水をつくり、緑色ひとつをとっても多様な色があることを知ったり、いろいろな葉っぱとその色水を比べて全く同じ色がないことを知ったり。手を開いたときの中指の先から親指の先までの長さを「あた」と言うが、それを10倍にすると自分の身長とだいたい同じになるなど、からだが物差しの代わりになることを体験するワークショップもある。 そうした小さな気づきの発見は、子どもの視野を広げてくれる。そして、その積み重ねによって人生を肯定的に捉えることのできる心が育まれ、自ずと身の回りの環境に目が向くのではないかと増田氏は考える。 「今、自分が見ている世界だけでなく、見方を少し変えるだけで違う世界があることに、子どもたちが気づくきっかけになればと願っています」。
▲ 自宅の一部を改装した「コド・モノ・コト・アトリエ」でワークショップや展示販売会などを開く。
増田氏は、今年初め北海道・旭川を訪れた。2013年に立ち上げた、旭川のつくり手とクリエイターがつくる「コド木工」の新作の打ち合わせのためである。コド・モノ・コトでは、かるたなどを扱ってきたが、このプロジェクトではラトル(ガラガラ)やブロックを製作。これまで「子どものもの=玩具」という思い込みに相対するように取り上げてこなかったアイテムを、コド木工に携わるデザイナーやつくり手たちの思いや考えを聞くうちに、「玩具も子どもに必要な生活道具」と再認識したからだという。 「つくり手の青柳さんご夫妻が、『コド木工』のものはつくるのが楽しいと言ってくれました。自分が今、そういうものづくりに関われているのは、とても幸せなことだと実感しています。ひとりでは何もできなかったと思います。素敵な方々との出会いやつながりを考えてくださる萩原さん、質の高いオリジナリティ溢れるものをつくってくださるクリエイターさん、つくり手の方々のおかげです」。
▲「おとだるま」。雪だるまの目から、やさしい鈴の音が流れるラトル(ガラガラ)。オブジェとしても楽しめる。デザイン:山田佳一朗 作り手:井上 寛之
今はものが市場に溢れている。子どものものもさまざまな店頭に並ぶようになった。そうしたなかでコド・モノ・コトでは、デザインを通じて子どもと大人をつなぎ、永く使われるものをつくることを考えて、少しずつ丁寧に制作している。1つ1つ思いを込めてつくられる、そうしたものづくりの姿勢が手に取ったときに温かさとして伝わってくるのだと思う。 コド・モノ・コトは、今年で10年目を迎える。それを記念して、このゴールデンウィークにはイベントも開催される。子どものモノやコトに興味を持たれた方は、ぜひ足を運んでみてはいかがだろう。(インタビュー・文/浦川愛亜)
増田多未/コド・モノ・コト主宰、コドモといっしょの道具の店「こぐ」代表、コーディネーター、プランナー、ワークショップデザイナー。東京生まれ。女子美術短期大学生活デザイン専攻科卒業後、欧州の木製玩具輸入代理店に入社。桑沢デザイン研究所Ⅱ部プロダクトデザインコース卒、桑沢賞新人賞受賞。玉川大学通信教育部で教育学、発達心理学などを学ぶ。在学中から子ども、デザイン、教育をテーマに活動し、これまで「代々木公園アートスタジオ」「デザインと遊ぶOZONEの夏休み」「くらしもの見本市2004」「CAMP」などに参加。
●コド・モノ・コト 製品の販売、ワークショップ、イベント、勉強会などの情報を紹介。 http://www.codomonocoto.jp ●コド・モノ・コト10周年記念イベント 企画1「こどもといっしょに55マーケット」 日時:2015年5月5日(火祝)〜6日(水祝)11:00-17:00 場所:コミュニティステーション東小金井 広場 企画2「コドモワクてん」 日時:2015年5月1日(金)〜12日(火)11:00-19:00 ※7日休 場所:コミュニティステーション東小金井 「ヒガコプレイス」 子どもと一緒に使いたい日用品を販売するマーケットやオリジナルフォトフレームの展示販売会ほか、親子で参加できるワークショップやイベント、ライブやパフォーマンスなどを予定。詳しくは、上記のホームページをご覧ください。