福嶋賢二は、「企業の強みを引き出す」というコンセプトのもと、プロダクトデザインを軸にしたブランド構築から商品開発、パッケージ、グラフィック、展示会場構成まで、総合的なアプローチのデザインを国内外で展開している。多様な職能が集まるソルトコの代表をはじめ、パルコ直営シェアオフィスSkiiMa(スキーマ)の運営、中小企業の経営や支援事業アドバイザー、ててて協働組合の活動のほか、大学や高校の特別非常勤講師も務める。大阪を拠点に、幅広い分野で精力的に活動する福嶋にデザインに対する考えを聞いた。
ミラノサローネで家具デザインの世界に触れる
福嶋は、自然豊かな滋賀県近江八幡で生まれ育った。実家では、健康のために自分たちが食べる分の田畑を持ち、今も毎年、家族皆で田植えや稲刈りをするそうだ。ものづくりに興味をもった背景には、こうした自然の中で過ごしたことや畑仕事の体験、美術が好きだったこと、父親が好きだったソニーの電化製品に囲まれて育ったことも影響しているという。
特に家電に興味をもち、大学進学を決める際に初めてデザインのことを知る。大阪芸術大学デザイン学科に入学し、インダストリアルデザインコースを専攻した。転機が訪れたのは、3年生のときだった。同大学の教授を務める喜多俊之が橋渡しをして、ミラノのサローネサテリテに学生たちが出品できることになり、福嶋は2003年と2004年に参加。その国際的な見本市で家具デザインの世界に触れて惹き込まれた。
家具デザインに興味を抱いた福嶋は、スウェーデンのヨーテボリ大学(HDK)の留学を考えた。大阪芸術大学卒業後1年間、英語を勉強し、その間に喜多の事務所でインターンを経験。その後、HDKのプログラムに半年間参加し、大阪芸術大学の卒業制作でつくった照明「Water Drop」のブラッシュアップに取り組んだ。
帰国後、フリーランスとして活動を始めたが、もう少しスキルが必要だと考えていた。そんなとき声をかけられ、再び喜多の事務所で働くことに。国際的な舞台の最前線で活躍する喜多のもとで、家電や伝統工芸のプロジェクトに携わり、多くのことを学んだ。
総合的なディレクションによる製品開発
喜多の事務所に在籍中、東京・墨田区「すみだ地域ブランド戦略」プロジェクトに参加。子どもの頃から愛用していたヒノデワシの消しゴム「まとまるくん」の25周年記念製品の開発に携わった。シックな色彩の洗練された「プレミアムまとまるくん」をデザインし、ロゴ、パッケージ、店頭のディスプレイ、リーフレットなど、総合的なディレクションを手がけた。「このときに、現在の仕事のスタイルのベースを築いたと感じています」と福嶋は語る。
静岡市が実施する新商品開発プロジェクト「つなぐデザインしずおか」にも参加し、東洋音響とオルゴール「home」を開発。この「home」と「プレミアムまとまるくん」、喜多の事務所で学んだ3年間の経験をもとに退社し、2011年にKENJI FUKUSHIMA DESIGNを設立した。
自ら企業にアプローチをかける
事務所を設立してすぐに、福嶋は積極的に動いた。「さまざまな経験の蓄積があったので、デザインをする機会さえあれば、いろいろなことが提案できると考えていました。けれども、企業の方々は何か問題を抱えていても、デザイナーと出会う機会がないので、こちらからアプローチすることが必要だと思ったのです」。
そこで始めたのが、ウェブサイトにアップされる都道府県が募集する中小企業の事業や経営、地域活性化のための支援アドバイザーの応募要項を毎朝、チェックすることだ。現在もそのなかから厳選して応募し、各地のアドバイザーの仕事に携わっている。
アドバイザーの仕事の期間は、プロジェクトによっても異なるが、月に一度打ち合わせを行うなどして半年間ほど。その任務は、どういうものか。
「企業が抱えている問題や、商品のリニューアルを図りたいというような要望を聞いて、県や市の方を交えてデザインで解決できそうなところを話し合います。まず情報を整理して、その企業のもつ魅力のどこをフューチャーするか、売れる商品の開発や年間の売り上げを安定させるためにはどうすればいいか、商品開発のためにどういうところと協業すればいいかといったことを提案していきます」。福嶋はあくまでもアドバイザーという立場のため、具体的なデザインの落とし込みまではしないが、期間終了後にデザインの依頼を受けることが度々あるという。
多様な職能が集まるソルトコの活動
2018年には、いろいろな縁が結び付いて多様な職能が集まるソルトコを設立し、仕事の幅がぐんと広がった。メンバーには、一級建築士、マーケティングディレクター、バイヤーなどがいて、代表の福嶋を含めて現在10名。「デザインで新しい価値をつくる」を企業理念に掲げ、ブランドづくりから商品開発、グラフィックデザイン、ウェブディレクション、展示会の会場構成から空間、施設、ショップのディレクションまで幅広く手がける。
ソルトコが携わったプロジェクトに、大阪・心斎橋のパルコ内シェアオフィスSkiiMa SHINSAIBASHI(スキーマシンサイバシ)がある。オープン当初より、外部アドバイザーとして定期的に対話を続けてきたが、パルコ側からの熱いオファーを受け、2021年10月より正式に運営会社として参画を始めた。SkiiMaを利用するクリエイターと企業をつなぐ場になるように、また関西エリアのものづくり企業や継承企業を盛り上げる場となるよう、さまざまな企画を打ち出している。
プロジェクトで目指していること
ソルトコでは、多彩な分野の仕事を手がけているが、目指していることは一貫している。
「最初に悩みごとを聞くというのは、どのプロジェクトにも共通していて、その悩みを取り除いて解決に導くことが、われわれデザイナーの重要な仕事だと考えています。そのなかで、相手の話を丁寧に聞くこと、人との関係性を育んで未来へつないでいくことを大切にしています」と福嶋は言う。
年間で福嶋が目を通す企業の資料は、600にも及ぶ。そのなかで問題に感じているのは、企業の悩みの内容ではなく、デザイナーの仕事が多くの人にあまり理解されていないことだ。
「悩みを抱えていてもどうしたらいいかわからない、どこに頼んだらいいのかわからない、あるいは、デザイナーがどういうことをするのか知らない、デザイナーに頼むのはハードルが高いのでは、と思われている方も多いと思います。漠然とした悩みでもいいのでお話しいただければ、私たちの豊富な経験と多彩な分野の視点から、さまざまな解決策をご提案します。デザインがもっと身近に感じられて、カフェに行っておしゃべりするように、気軽に相談を持ちかけてもらえるようになるといいなと思っています」。
新たに立ち上げたプラットフォーム、そして、近作
ソルトコでは、この4月に新たにプラットフォーム「D-BOOT(ディブート)」をスタートアップで立ち上げた。まもなく開設されるウェブサイトで、悩みや問題を抱える企業の応募を募り、それ以外にも気になった企業に自分たちから声をかけることも考えているそうだ。また、福嶋が長年取り組みたいと思っていたことのひとつ、郷里の滋賀の企業とのプロジェクトも近々、発表される予定だ。今後も地元に関する仕事に加えて、宇宙船の中で使う道具や神社仏閣のデザインにも挑戦してみたいという。
彼らの活動の広がりと共に、デザイナーが貢献できる領域もさらに拡大していくことだろう。悩みや問題を抱える企業の方は、ソルトコにアクセスしてみてください。
福嶋賢二(ふくしま・けんじ)/ソルトコ代表取締役、クリエイティブディレクター、デザイナー。1982年滋賀県生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、スウェーデンHDK大学にてデザインを学ぶ。帰国後、株式会社IDKデザイン研究所に勤務。2011年独立し、KENJI FUKUSHIMA DESIGNを設立。2018年に株式会社ソルトコを設立。大阪工業大学、大阪成蹊大学、滋賀県立大学、大阪デザイナー専門学校、大阪府立松原高校の特別非常勤講師を務める。
SALTCO(ソルトコ)/「企業の強みを引き出す」というコンセプトのもと、さまざまなライフスタイルに合わせたブランドづくりから商品開発、グラフィックデザイン、 ウェブディレクション、展示会の会場構成から空間、施設、ショップのディレクションまで、総合的なアプローチのデザインを国内外で行っている。バイヤーやスウェーデン在住の海外コミュニケーターなど多彩なパートナーと共に、流通を見据えた商品開発や海外展開を数多く手がけ、プロジェクトに応じたフレキシブルなディレクションを得意とする。