この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BX・クリエーティブ・センター、岡田憲明氏の監修でお届けします。
工業・製造業のCxO(Chief x Officer)に知ってほしい、生産性、安全性、従業員エンゲージメントを向上させる手段としてのデザインへの投資についてご紹介します。
デザインを重視する企業といえば、一般的にはハイテク、小売、金融サービス(もしかしたら自動車も)といった、一般消費者を対象とする企業を思い浮かべることが多いかもしれません。デザイン業界も、消費者向けのガジェットや有名ブランドのデジタル製品を称賛することで、このイメージを強化してきました。
しかし実際のところ、デザインの仕事の多くはB2B (B to B)企業のセクターに移行しています。この10年間に登場した極めて興味深く挑戦的なデザインは、工業、製造業、テクノロジー産業や、この領域の企業のために生まれてきたものです。
frogは世界的な戦略・デザインファームとして、この“B2Bデザイン革命”とも言える潮流の一翼を担ってきました。現在では、frogの仕事の約半分はB2Bプロジェクトが占めています。当ファームのデザイナー、テクノロジスト、ストラテジストたちは、鉱山用の安全対策製品からグローバルな物流システム、ITセキュリティー機器に至るまで、ありとあらゆるもののデザインを手掛けてきました。
ビッグデータへの対応
消費者向けのIoTは基本的に失敗だったかもしれませんが、モノがインターネットに接続されている環境が整ったことによって、自社の生産プロセスや、実際に製品がどう使用されているのかを把握する方法が大きく変化しています。
工場、油田、発電所、飛行機のエンジン、船、トラック、あるいはその他のさまざまな機械にセンサーを装備することで、企業は豊富なデータを収集し、機器の監視、管理、保守、制御などに利用することができるようになったのです。しかし重要なのは、それが何を意味しているのかを理解することです。
膨大なデータを扱う場合、多くの人は直感的に、IT業界で確立された手法にならってまずすべてをダッシュボードで一覧表示しようと考えます。しかし私たちの経験から言うと、この方法はオペレーターの負担が大きいばかりでなく、面白くても役に立たないデータのスナップショットが大量に作成されるだけの結果になりがちです。
それよりも、オペレーターの認知的負荷を軽減し、迅速な意思決定を可能にするデータ・ビジュアライゼーションを構築するほうがずっと効果的です。frogのいくつかのプログラムでは、高度なB2B企業の管理ツールを設計する際、最適化を目指すメトリックとして「意思決定までのスピード」を使っています。
見た目の美しさよりも安全性と生産性
デザイナーがつくったデジタルツールは、確かにデザインはしゃれているかもしれません。しかし、工業や製造業におけるデザインへの投資は、美しさを求めて行うものではなく、従業員の生産性を高め、全員の安全を確保するために行うものです。
消費者向け製品をデザインするときの考え方や方法論が、工業分野の物理的なデジタルプロセスやワークフローの安全性・生産性を向上させるためにも使えることがわかってきました。
例えば、私たちはあるプロジェクトで製造業向けの安全装置と制御システムの設計を担当しました。設計に不備があれば、悲惨な結果を招くことになります。ですから、緊急事態が発生し、緊迫した状況であっても、次のステップが常に明確にわかるようなツールやソフトウエアを設計する必要がありました。2018年にハワイで起きたミサイル攻撃に関する誤報や1979年のスリーマイル島の原発事故は、ソフトウエアの設計不良が原因のひとつといわれています。
さらに、多くの工業生産の現場では従業員の役割がどちらかと言えば流動的です。このような状況が、工業・製造業における設計をさらに難しくしています。
例えば、frogのあるチームが発電所においてエスノグラフィックリサーチ(※1)を実施したところ、システムが緊急停止すると作業員全員が協力して問題解決にあたるため、職務や肩書はあまり関係なくなることがわかりました。これは、管理者や一般ユーザーといった役割をはっきりと分けて、それに合わせたソフトウエアを開発する消費財メーカーや事務系の企業とは対照的です。工業向けソフトウエアの設計では、設計チームがクライアント企業のワークフローを十分に理解したうえで、ユーザーの役割に合わせるのではなく、さまざまなシーンを想定して設計することが必要になります。
※1 エスノグラフィックリサーチ
デプスインタビューや観察調査、フィールドワークなどの手法を使って、ユーザーの潜在的なニーズを探る調査のこと。
団塊の世代もミレニアル世代も満足させるデザインの必要性
工業・製造業分野の多くの企業では、従業員の高齢化が進んでいます。ベテラン従業員は、特定の機器やプラント、システムに関する知識を豊富に持っているため、企業側はできるだけ長く雇用したいはずです。同時に、こうした企業にはデジタルネイティブ世代の従業員も働いています。彼らは、工業用・企業用のソフトウエアにも、最上級の消費者向けアプリケーションのような見栄え、感触、動作を期待しています。これは、デザイン上の利益相反という難しい問題を引き起こします。
この問題への対処方法の一例として、frogがあるテクノロジー機器メーカーと共同で取り組んだプロジェクトをご紹介しましょう。
このメーカーが保有している技術は、収益性は非常に高いものの、かなり古いものでした。現在の水準からすると、コンソールでコマンドラインを打ち込むユーザーインターフェース(UI)は最適とは言い難かったのです。また、新規ユーザーは、このツールの古めかしい外観や雰囲気に抵抗を感じており、ビジュアルインターフェースのコンソールやモバイルアプリを求めていました。
一方で、何年もシステムを使ってきたパワーユーザーはこのインターフェースになじんでおり、その扱いにもたけているため、ほとんどの人が変化に対して消極的でした。私たちに課せられたデザイン上の課題は、パワーユーザーにとって慣れ親しんだデザインでありながら、新しいユーザーにとってもアクセスしやすく、魅力的なシステムをつくることでした。
これは、「OT(オペレーショナル・テクノロジー:運用制御技術)」の分野でよく見られる課題です。なぜなら、IT分野では一般的に製品寿命が3~5年であるのに対し、OT分野では15~20年という長寿命の製品が多いからです。
業務とデザインをつなげるデザインシステム
デザインで競争しようとする工業・製造業の企業にとっての最初のステップは、デザイン言語を確立することです。デザイン言語は、デザイン方針や美意識、双方向交流のパターン、デザイン資産などをシステムに落とし込むためのもの。多様で複雑な製品エコシステムの一貫性を確保するためにつくられます。通常、デザイン言語には、製品の開発・発売に関わるエンジニアチームが使いやすいよう、上述の方針やパターンを具現化するユーザーインターフェース・ツールキットのサポートがあります。
こうしたツールは、製品チームが製品化を進めるにあたり、有利なスタートを切る助けになりますが、長期的な価値の提供においては不十分であると言わざるを得ません。プラットフォームやデザイン言語にははやり廃りがあり、特定ベンダーの技術に大きく依存する「ベンダーロックイン」では、自社でコントロールできない製品化スケジュールに縛りつけられてしまう可能性があります。
多くのデザイン言語を設計・構築してきた経験から、私たちは、これらのシステムにはレジリエンスや開発と他のフェーズとの強い連携が欠けていることに気づきました。そこで、工業・製造分野の企業が抱える長期的なニーズを考慮しながら、各社の業務にデザインを組み込んでいく方法を模索しました。
より柔軟かつ長期的にデザインに投資していこうと考える企業にとっての解となるのが、デザイン言語よりもデザインシステムです。デザインシステムとは、各種のツール、コンポーネント、ワークフローを統合し、業務上の課題とデザインプロセスを積極的につなげるシステムのことです。
デザインシステムは、製品デザインのための唯一正しい情報源として機能し、製品開発サイクルにデザインを直接統合するモジュール式ツールをもって、ワークフローを支えます。デザインシステムの多くは、デザインツール、デザイン言語、UX(ユーザーエクスペリエンス)アーキテクチャとシステム、UIツールキット、業務量の制御的な調整を可能にするガバナンスモデル、業務量調整を日常的に実行するためのタスク管理ツールなどで構成されます。
その上で決定的に重要なのがヒューマンエレメント、すなわち、各製品チームがデザインシステムを使用するよう、いかに奨励し、動機づけ、説得するかということです。馬を走らせるには鞭よりもニンジンのほうが効果的であるように、私たちは、一部の工業製品メーカーで、デザインシステムを中心としてデザイン志向のエンジニアやプロダクトマネジャーたちがコミュニティを形成するようになったのを見てきました。
デザインシステムは、そのモジュール性と継続的な効果測定・改善により、特定のプラットフォームベンダーに縛られることなく、必要に応じて変更を加えることを可能にします。
一度デザインシステムが採用されれば、統一感のある製品群の提供、パターン統一によるユーザートレーニングコストの削減、ブランディングされた独自のユーザーエクスペリエンスが実現します。
工業・製造業、テクノロジー分野の企業が競争力を高めていくには、デザインが極めて重要な役割を果たします。機械やシステムがより高度化し、IoTによってオペレーターが処理しきれないほどのデータフローが生成される中、それらを考慮して設計されたソフトウエアは、オペレーターの安全性と生産性を向上させるだけでなく、競争力のある差別化を実現するための一助となります。
今や、あらゆる企業がソフトウエアメーカーになっていると言っても過言ではありません。つまり、競争力を維持するためには、最新のソフトウエア設計・開発手法を採用する必要があるのです。frogは、クライアントであるB2B企業各社とのコラボレーションにおいて非常に興味深いデータ・ビジュアライゼーションやソフトウエア・デザインの課題を見いだしており、工業・製造業分野のお客さまとの仕事を通して、私たちのスキルや経験をより広い領域で生かせる機会を歓迎します。