今津康夫/ninkipen! インタビュー
ーー大阪は狭いから同年代のつながりがしっかりつくれる

建築を学ぶ大学院生時代に、友人たちとともに設計チーム「pen!」を設立し、友人が経営するカフェを設計するなど、精力的に活動。大学終了後、就職、退職を経て、2005年自らが代表を務める設計事務所「ninkipen!」を設立。自らが育った大阪をベースに、カフェやパン屋、アパレルショップをはじめとする店舗設計や住宅設計を多数手がけている。「JDC DESIGN AWARD」などを受賞し、イギリス発のデザインWebマガジン「Dezeen」でも紹介されるなど、国内外の評価も高い。今年で設立6年目を迎え、最近では、プロダクトのコンペにも積極的に参加し、「Tokyo Midtown Award 2010」の佐藤卓賞を受賞するなど、建築的思考をベースに活動の幅を広げている。そんな彼、今津康夫に話を聞いた。

——以前には、pen!という名前で活動されていたそうですね。

pen!というのは、僕が大学院の頃につけた屋号なんです。「建築を勉強してるんやったら、やってくれよ」と小学校時代の先輩から依頼を受けて、見よう見まねでカフェや服屋の店舗などの設計を行っていました。せっかくだし、1人でやるよりも……ということで、友人らとプロジェクトごとにメンバーを組んでいました。その中のメンバーには、現在、京都で設計事務所をしている八百光の垣内くんもいました。大学院を修了してからは、大阪を代表する建築家の1人でもある遠藤剛生さんの事務所で、丸4年間勤務していました。

遠藤さんは、今年70歳になる大御所で、まさに修行の日々を送っていたんです。建築のプロジェクトは、1、2年と長期スパンでの進行が多いので、僕も、大きなプロジェクトを担当させてもらっていました。入社後すぐに担当したのが、公共事業の現場管理で、1年近く、ほとんど事務所にも行かず、現場へ通っていましたね。毎日、ヘルメットを被って、建設会社とやりあって……、相当鍛えられました。その後、手がけた公共の橋を架けるプロジェクトは、とてもシンプルな構造で、すごくおもしろい経験ができました。土木と建築とでは、近いようで違うんですよ。土木の現場も経験することで、いろんなことを学びました。学生時代のpen!設立から、就職、退職を経て、独立するときに、また屋号を決めなければいけなくなったんです。そこで、pen!の発展型として、ninkipen!とつけました。

——独立のきっかけは?

当時担当させていただいていた物件に、分譲マンションがあったんです。それが、さきほどの話にもあった橋を架けるプロジェクトとは、反対に、ものすごく複雑なプロジェクトで……。分譲マンションというのは、まだ住む人が決まっていない状態で手がける、いわば住まいの商品なんですね。ディベロッパーに、企画を組み立てるプロデューサー、インテリアデザイナーなど、いろんな人たちが関わって、ヤイヤイ言いながらつくっていくわけです。そのなかに、アーキテクトもいるんですが、分譲マンションのアーキテクトって、立場がすごく低いんです。アーキテクトには、いろんな側面があるんですけれど、デザイナーというよりは、わりとエンジニアという立場に近いような存在で。商品としての住居、インテリアデザインというのは、架空の家庭を想像して、つくり上げていくようなところがあって、実際には、住む人の顔が見えない仕事だったんです。そこに物足りなさを感じてしまって。規模の大きなプロジェクトよりも、小さくても、相手の顔が見えるプロジェクトを手がけていきたいという気持ちから、独立を決意しました。遠藤さんが聞いたら「何言うてんねん!」と怒られそうやけど……(笑)。

——学生時代から手がけていたような、訪れる人・住まう人の顔が明確に見えるような仕事をしたいと思うようになったんですね。ninkipen!の活動も、もう6年目になります。最近インテリアを手がけられたパン屋さんの物件について、聞かせてください。

京都のJR二条駅近くにあるパン屋「panscape」ですね。実は、この物件、学生時代に内装を手がけたカフェの物件と同じクライアントで、小学生の頃からの友人なんです。10年近く経営していた人気のカフェを畳んで、好評だったパンで勝負する、ということで開店されました。これは、2号店で、1号店は三条商店街にあって、どちらも8坪くらいの小さなお店なんですけど、最近ではメディアに紹介されることも多く、人気のパン屋です。プレーンなパンが多いので、派手さはないんですが、毎朝電動石臼で、全粒粉にしてから焼くなど、当たり前のことを丁寧にされています。

ブランジュリー「panscape」(京都市中京区 2010)Photos by Hiroki Kawata

この空間は、すでに使うことが決まっていたアンティークの什器があったので、それを中心に考えていきました。あと、パンもたくさん種類があるわけではないので、平台が2カ所くらいあったらいいかなというくらいの要望でしたので、制約はほとんどなかったですね。その什器の台となっているのは、比重が1に近い木で、500kgもあるブビンガの無垢材。別のプロジェクトで訪れた材木屋で、外に置いてあったもので、売り物でもなく、従業員の人たちがボール当てて遊んでいたような木だったんです。それを気に入って、安価で譲ってもらいました。

自分でデザインしたと言っても、家具というのは、内装の中でもお金がかかりすぎてしまうので、費用対効果が悪く、逆に計算しつくされてしまう印象があります。これくらいぶっきらぼうでも存在感がしっかりあるので、気に入っていますし、お店の顔にもなっています。ほかには、金色のパネルや、足下につくった小さな照明がポイントです。1店舗目は、パン工場の片隅でパンを売っているようなイメージでつくっています。こちらの店舗は、石釜なんで、販売しているパンも全然違うんですよ。だから、お気に入りのパンを買うために、はしごするお客さんもいるそうです。普通だったら、1号店で成功したから、そのデザイントーンを踏襲して2号店を、ということになりそうなものなんですが、オーナーも僕もその考えはなかった。新規店舗のたびに、新しい挑戦の機会をもらえることは、ひじょうにありがたいことです。

——これまで、ウェブサイト「Dezeen」にもいくつか物件が紹介されています。煙突があるような住宅のプロジェクトも素敵でした。

この敷地は、日本ではよくあるパターンなんですけど、ミニ開発と呼ばれる、大きな屋敷が取り壊されて、5つの区画に再仕分けされて生まれた場所でした。まだ、この物件しか計画が決まっていなかったので、周りには何が立ち上がるのか全然わからない状況で設計していました。通常だったら、お隣さんの窓だったり、周辺の条件を踏まえて提案していくんですが、今回は、手がかりがなかったので、逆転の発想で、それをコンセプトにしようと考えたんです。周囲にどんな建物が建っても、自分の環境を、自分で守れる建築をつくりました。

とは言え、建売建築が建つことを想定して、まだ見ぬお隣さんの庭にも光が落ちるように南側を低くしたり、自分の環境を守りつつも、周辺との関係性としては、ひっそりと建つようなことを、苦労して考えましたね。今では、周りにも建物が建ってしまっていますが、気持ち良さそうに住んでくれてますよ。80.84㎡という小さな敷地ということもあり、ひじょうに苦戦しましたが、その甲斐あって、とても広がりのある空間を生み出すことができました。単純ですが、いつも施主に喜んでもらえることを第一に考えています。独りよがりなものって嫌なんで。建築って、自分の中から湧いてくるものでもありますが、クライアントがいないと成立できないんですよね。そういう意味でも、共同作業は大事だと思っています。だから、クライアントとの関係はプロジェクトが終わっても続いていますね。仕事を手がけていくことで、同時に、人の輪も増えていくので楽しいです。

住宅「80.84」(奈良県奈良市 2009)Photos by Hiroki Kawata

——今津さんの仕事は、人との関係性を築いていきながらつくっていくものが多いんですね。

そうですね。今は、クライアントの紹介がほとんどですね。事務所の電話は全然鳴らないならないですからね、憧れてるんですけれど……(笑)。最近、手がけている物件は、大阪の大日にできる複合施設内にオープンする美容室。70坪と広いので、インテリアの仕事ではあるのですが、建築的アプローチや手法も発揮でき、楽しく取り組んでいます。もともと建築を学んでいたこともあって、部屋どうしの接続を考えるようなトレーニングをたくさんしていたので、何枚ものレイヤーを抜けていくような空間づくりは、やりがいがあります。ワンルームではできない空間構成や人の立つ位置によって見える景色が変わるので、そういったことを計画しています。美容院の鏡のレイアウトって、鶏舎のようにバーっと並んでいるか、対面式かの2パターンがほとんどなんです。せっかく鏡があるのに、その効果があまり生きていないように思っていたんです。そこで、今回は、幸い、床面積に対して、12席で良いというオーナーの要望があったので、少しずつ鏡に角度をつけて設置することで、プライベートな空間をつくることができました。

さまざまなリサーチをしてみて、意外だったんですが、女性は美容院で動き回ることが多いんですよね。カウンセリングして、カットして、シャンプーして、パーマをあてる人は、雑誌を読んで、待って、またシャンプー台へ……って。その一連の動作こそ、建築の1つの目標でもあります。動き回ることで、どう空間が変化するか。そう考えると、美容院というのは、内装でありながらも、建築的な側面もあるんだなと思っています。

ヘアサロン「LE CINQ」(大阪府門真市 2011)の模型

——最近はコラボレーションもされているそうですね。

dot architectsの家成俊勝さんたちと協同で設計を手がけているんですが、おもしろいですね。ワイワイやるのも好きですし、何より、自分ひとりだと、選ばないようなアイデアに対して、別の視点から可能性を見出してもらえることは興味深いです。もちろん、決定のスピードは遅いですが、建築プロジェクトはわりと時間がかけれるので。ninkipen!は、僕ひとりでやっているわけなんですが、やっぱりチームで動くことの重要性はいつも感じています。コラボレーションということではなくても、対話しながら決めていくことの可能性は無限だと思うので、そういった形態にも興味はありますね。

また、最近では、プロダクトのコンペにも精力的に参加しています。建築とプロダクト、スケールの違いはありますけど思考は一緒ですね。いろんな制約や技術的な条件もたくさんある中で、本質をぱっとつくり上げるような印象です。そもそも建築家って、家具でもなんでも、すべてをデザインしてきたじゃないですか。だから、建築、プロダクトとわけて捉えることもないかなって思っています。

——大阪を拠点に活動されることについて、どのようにとらえていますか?

山口で生まれましたが、育ちはずっと大阪です。だから、大阪のほとんどを知っているということがいちばん大きいかもしれません。僕の場合は、戦略的に大阪にいるわけではないですね。大阪は地方だし、メディアもあまりない。だけど、大阪は狭いから同年代のつながりがしっかりつくれる。それは良いことだと思っています。ただ、大阪出身でベルリンで活動しているアーティストや音楽家、建築家の友人もいるんですが、世界につながっている人もたくさんいるので、閉塞感を感じることはありません。(インタビュー・文:多田智美/MUESUM)

今津康夫(いまづやすお)/ ninkipen!
1976年山口県生まれ、大阪育ち。大学院在籍中の2000年「pen!」結成、建築家・垣内(八百光)らとともに友人のカフェなど内装など手がける。2001年大阪大学建築工学科修士課程修了後、2005年まで遠藤剛生建築設計事務所勤務。退職後、2005年ninkipen!一級建築士事務所設立。2007年から摂南大学非常勤講師。2007年「JDC DESIGN AWARD 2007」銀賞、2008年「42nd SDA賞」最優秀賞、青木淳賞、2010年「JCD DESIGN AWARD 2010」新人賞、「Tokyo Midtown Award 2010」佐藤卓賞など、受賞歴多数。www.ninkipen.jp/

この連載では、関西を拠点に活動するデザイナーやクリエイターへのインタビューを通して、関西におけるクリエイションの「今」を探っていきます。

多田智美/編集者、editorial studio MUESUM 代表。“出来事の生まれる現場から、ドキュメンテーションまで”をテーマに、アートとデザインにまつわる書籍の企画・編集を手がける。京都造形芸術大学非常勤講師。ULTRA FACTORY、DESIGNEASTの運営にも携わる。
www.muesum.org