当たり前と思っていた日常を一変させてしまった新型コロナウイルスの感染。この世界的危機と言える状況下では、多くの情報が行き交い、あっという間に現在が過去になっていくような変化の激しい日々が続いています。
“過去を見つめることから未来をつくり出す”ことを実践してきたクリエイティブユニットSPREADは、コロナ禍において行動を起こしたクリエイティブな活動をリサーチし、未来を考えるヒントを探ります。本ウェブでは、SPREADが特に注目するものを毎日1本ずつ紹介していきます。
今日のトピック
サウンドアーティストであるアントワーヌ・ベルタン氏(Antoine Bertin)は、コロナウイルスの遺伝子を構成する塩基配列を音に変換、ウイルスの発生から流行、収束といった流れを表現した曲「MEDITATION ON SARS-COV-2」を制作しました。
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「MEDITATION ON SARS-COV-2」は、虫の鳴き声などの自然界の音から始まります。やがてコロナウイルスの遺伝子情報から生成された電子音が加わり徐々にテンポを上げ激しさを増してピークを迎えます。その後、テンポは次第にゆるやかになり、再び自然界の音に戻って終わります。この構成は、ウイルス感染の推移を表現したものです。
ベルタン氏は、コロナ前ほど気軽に友人や家族と会えず、孤立した状態が続く人々に向け、心を穏やかに瞑想できるように制作したと言います。この曲を聴き続けていると、コロナウイルスがもたらした一連の状況を俯瞰し冷静に捉えている自分に気づきました。耳から入る音の情報がリラックス効果を与え、落ち着いて向き合えるきっかけになったのかもしれません。
今、自宅にある植木鉢にアオムシが棲みつき、毎日少しずつ成長しています。「この曲は、アオムシの一生を表現しています」と言われたらきっと違和感なく受け入れられるでしょう。さなぎを経て蝶になり、やがて土に還る。人間の一生と同じです。地球の歴史は、膨大な数の始まりと終わりの繰り返し。コロナウイルスの流行も、そのひとつとして捉えると、私たちは、いまその流れのなかにいるのだと実感します。
彼が住むパリでは、この曲を制作していたとき、それまであった車のエンジン音がほとんど消え、鳥のさえずりや通行人の会話が聞こえ、医療従事者たちへ送られる拍手が1km離れた場所から届くほど静かだったそうです。いままで聞こえなかった音に耳を傾ける機会が増えたことで、コロナウイルスを聴いて気持ちを整理するという方法を発想できたのかもしれませんね。
Antoine Bertin
フランス・パリを拠点とするサウンドアーティスト。科学、感覚、環境に関する音楽の作曲活動を行う。