当たり前と思っていた日常を一変させてしまった新型コロナウィルスの感染。この世界的危機と言える状況下では、多くの情報が行き交い、あっという間に現在が過去になっていくような変化の激しい日々が続いています。
“過去を見つめることから未来をつくり出す”ことを実践してきたクリエイティブユニットSPREADは、コロナ禍においてすでに行動を起こしているクリエイティブな活動をリサーチすることで、未来を考えるヒントを探ろうとしています。本ウェブでは、SPREADが特に注目するものを毎日1本ずつ紹介しています。
今日のトピック
世界保健機関(WHO)テドロス事務局長の「台湾から人種差別的な攻撃を受けた」という発言は記憶に新しい。それに対し、ユーチューバーのレイ・ドゥ氏(阿滴、都省瑞)、デザイナーのアーロン・ニエ氏(聶永真)ら5名の発起人は、クラウドファンディングで集まった資金をもとに、4月14日付けのニューヨーク・タイムズに全面意見広告を掲載、メッセージを返しました。
その広告には、WHOと台湾を比較したイラストとともに「WHOや国連から長年排除されてきた台湾だからこそ、世界中の隔離された人々を一番理解し、支援できる」という思いが表明されています。
SPREADはこう見る
台湾の友人たちのSNSから流れてきたこの広告を見たときにまず感じたのは、「発信者の姿勢がグラフィックデザインに表れていてカッコ良いな」ということ。黒・白・青の色使いには、明確な意思の強さが現れており、ドアのようなフォルムが「WHO can help?」の問いかけとともに、秘められたメッセージへと導きます。
気になってプロジェクトの詳細を調べてみると、この広告に至る経緯や歴史的背景までもがわかってきました。
驚くべきは、この広告が台湾政府ではなく、ネットの呼びかけで集まった有志26,980人によるものだったこと。そのプロセスは全員に公開され、投票によりメッセージの方向性を決定、プロジェクトチームが多くの議論と知恵を絞り最終形に至りました。当初の原稿は異なるものでしたが、「Race cardを振りかざすレベルの低いテドロスよりも一段上のレベルにいることを世界に見せよう!」という多くの意見を受け、「isolation」をいま世界が置かれている状況と、これまで国際社会から孤立したきた台湾の立場を重ねた原稿に差し替えたそうです。
#TaiwanCanHelpは、もともと台湾政府が2018-19年頃から使っていたフレーズ。「台湾は国連メンバーではないが、国連のSDGsに対して貢献できるし、実践している」という意味を含め台湾政府が発信するようになったようです。当初は、あくまでも世界各国へアピールするスローガンだったためか国内での認知度は高くなかったようですが、コロナ禍とこの広告をきっかけに急激に浸透し、国民が#TaiwanCanHelpを使い自分たちの意思を表明する流れが生まれました。
昨年、台湾のデザイン賞Golden Pin Design Awardの最終審査員に招かれ、2度訪台しました。その際の議論でもSDGsへの注目がとても高かったのを思い出します。台湾に限らずSDGsはいまや世界の常識となっていますが、台湾での意識の高さは、その歴史的背景から国際社会の一員としての役割を果たすという気持ちがより強かったことに起因していたのだと今回気づかされました。
世界に対する台湾全体の力強いメッセージが込められた広告。コロナウイルスにより起きた問題が民意を動かし、世界に影響を与えるほどの活動に発展したのです。
聶 永真
台湾のグラフィックデザイナー。ポップミュージック界や出版、舞台芸術の世界で活動。現在は自身の会社Aaron Nieh Workshoを主宰する。