国家レベルのヴェネツィア・ビエンナーレとは天と地の差ほどのがあるかもしれませんが、人口800人ちょっとの長閑なレンテ村(Lenthe)でも「古庭園のニューアート(The New Art in Old Gardens)」と題して小さな芸術ビエンナーレが開催されています。
ハノーファーの街を出て、田舎道をクルマで南西に10kmほど走ると、次第に菜の花畑や麦畑の田園風景が広がり、レンテ村に到着。週末にお弁当を持ってお花見か紅葉狩りを楽しむ感覚で、19世紀半ばにつくられた庭園をアート散歩できます。それも入場無料。村おこしを意図した自治体側からの企画ではなく、会場となる庭園のオーナー一家の個人的イニシアチブですべてが始まったのです。
村ではフォン・レンテ家とフォン・リヒトホーフェン家という代々続いた貴族が「グーツゲマインシャフト・レンテ」農場を共同経営。かつて荘園だった約300ヘクタールの耕地で小麦やテンサイ、菜種を栽培しています。農場にはエコロジカルなバイオガスプラントを建設し、2006年から農作業に必要なエネルギーと肥料を自給。余剰電力は村の新築住宅や教会で利用され、発電時に発生する熱は暖房システムに役立てています。
フォン・レンテ家とフォン・リヒトホーフェン家の人々は「農業でも何でも伝統を未来に繋げることにこそ生き甲斐がある」と、自分たちの庭園とコンテンポラリーアートとの対話を夢見ました。家族と有志が1999年に「古庭園のニューアート会」を結成し、地方文化奨励財団の支援を受け、2004年に第1回を開催するに至りました。「オーバーグート」(高荘園)と「ウンターグート」(低荘園)と呼ばれる2つの英国式ランドスケープ庭園が会場。オーバーグートはドイツのインダストリー文化が産声をあげた場所とも言えるかもしれません。小作農家の息子としてシーメンス社を創設したヴェルナー・フォン・ジーメンスが生まれ育ったとこなのです。
4回目を迎えた2010年は「サバイバル」をメインテーマに13人のアーティストが招待されました。8月末から9月はじめまで土日の週末に計4ヘクタールの青空エキシビションスペースがオープンになり、最終日にはかつての羊舎を会場にしてピアノリサイタルも行われました。パフォーマンスアーティストのハンネス・マルテ・マーラーがキュレーションとカタログなどのコミュニケーションデザインを担当。農家の人々もトラクターで素材を運搬したり、小さな子供たちも詰め物したり制作のお手伝いです。美術館のように作品の脇に説明板が立っているわけではなく、感覚を鋭敏に働かせないと庭園環境に溶け込んだアートに気がつかないこともありました。
これは雨水枡から頭だけ出しているキリン。83歳のベテラン彫刻家ジークフリート・ツィンマーマンの新作です。いったいどうしてキリンがこんな逃げ場のない状態に陥ったのか。見学者の中には可哀想すぎて見ていられないとショックを受けた人もいたそうです。
屋根も壁も床もありませんが、斜めに倒れかかって半分地下に埋没しているのは2階建ての住居の骨格です。老人のつぶやき、夫婦喧嘩の声などのサウンドが聞こえてきます。ランプも点くし、シャワーも出るし、電気、水道、暖房器、サニタリーなど都市生活に必要なものは機能するけれど、住人の心は何かを失ってしった……。フィンランド出身のテア・メキペーのインスタレーションです。
ソニア・アルホイザーは簡易な構造とプアなマテリアル(この農場の藁)で藁城を仮設。この藁城の設計は、フォン・レンテ家のマナーハウスの建築をモデルにしてあります。期間中には天候次の影響で崩れる箇所があったり、雑草が生えてきたりと微妙に変容しました。
クリスチアーネ・オッパーマンはプラスチックのチープな日用品で人工植物を創出し、庭園のランドスケープに溶け込ませました(下の写真)。プラスチックのフォークやスプーン、バケツ、じょうろ、ストローなどが、可憐な花や星になり詩情を獲得しました。
ビルギット・ディーカーのインスタレーション(上の写真)は「おんぶ」と題し、カラフルな古着でできた花飾りが大木に絡み付いています。移民やホームレスが自分の持ち物が盗まれないように昼間は木の上に固定することがあるという現実にインスパイアされたそうです。
遠くから見るとゴムタイヤが何かの爆発で飛び散ったかのようですが、近寄るとそのオブジェは半球体で素材は黒いワックスでした。作者のデニス・フェッダーゼンは生存競争においては、自ら変容して他者になることも必要ではないかと脱皮のプロセスを表現したのです。
魂を奪われないよう人間から樹木にトランスフォームしつつある少女のブロンズ像(ラオラ・フォード作)がとおせんぼするかのように立ちはだかります。
お堀にはクリスチアーネ・メーブスによるココナッツ製の救命アイランドがプカプカ浮かんでいます。
根本から真っ二つに割れて倒れた大木のインスタレーションが鑑賞ルートをふさいでいます。同行のキュレーターも絶句したほどすごいインパクトでてっきり展示作品だと思ったのですが、実は前夜の豪雨と暴風、自然の破壊力がなした技でした。後から来た人々も作品と勘違いし、「これは生存意志の放棄を象徴する」などいろいろと解釈し合って話に熱が入っていました。「違うんですよ」と声をかけたくなりましたが、余計な真実は明かさないほうがいいかと、内緒にしておきました。(写真・文/小町英恵)
この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。