2018年度東京ビジネスデザインアワード(TBDA)で最優秀賞を受賞した「『立体視・金属調印刷物』を唯一無二の素材にするための事業提案」。技光堂(板橋区)の特殊印刷技術を樹脂などに施した新素材「METALFACE(メタルフェイス)」を、さまざまな分野向けに提供するB to B事業を立ち上げた。受賞からわずか1年で2億円の売り上げを見込み、現在も大手企業数十社との商談が進んでいるという。中小企業が得意な技術を武器に、デザイン経営、知財戦略を実践している事例だ。
まさか最優秀賞をとるとは
——TBDAに参加したきっかけを教えてください。
佐藤英則(技光堂 営業部 本部長) 板橋区産業振興公社から「こういうアワードがある」と紹介を受けて、「新しいことをやってみたい」と考えてチャレンジしました。テーマとして金属調印刷を取り上げた理由は、当社が得意とする特殊印刷技術のなかでも見栄えがして、他社にはできない技術だからです。
——金属調印刷を活用して生まれた「METALFACE」の特徴は。
佐藤 METALFACEは、透明の樹脂素材に、まるで本物の金属かと見紛うようなテクスチャーを印刷した素材です。当社はもともと製版業からスタートした印刷会社。培ってきた高精細な製版技術をもとに、印刷技術や材料を複合的に組み合わせて、他社ではできないクオリティを実現しています。用途は、さまざまな機器の表面に貼る銘板やパネル用の材料を想定していますが、まだ大きなビジネスにはつながっていませんでした。2017年に板橋製品技術大賞で優秀賞に選ばれたこともあり、もっと打ち出していきたいという想いがありました。
——kenma Inc.はなぜ技光堂と金属調印刷に注目したのでしょう。
今井裕平(kenma Inc. 代表/ビジネスデザイナー) 正直に言うと、僕は印刷業界はビジネスデザインによる差別化が難しいと思っていたんです。ただ、うちのメンバーが技光堂の説明会に行ったとき、口をそろえて「これはすごい」と。そこまで言うなら何か考えてみようというのがスタートです。まずはTBDAのプレゼンで勝つことを目的に、B to CからB to Bへと展開するという提案をしました。
——最優秀賞を受賞したときの感想は。
佐藤 初参加ですし、最優秀賞をとるとは思っていませんでした。プロジェクトを進めていくなかで、優秀賞くらいはいけるかなと。まさか最優秀賞とは。驚きましたし、社内もそれで一気に加速しましたね。
いかに問い合わせを増やすか
——受賞後、METALFACEをどのように事業化していったのでしょう。
今井 最初は三つのオプションを用意していました。
(1)B to C向け商品を開発する
(2)企業向けノベルティをつくる
(3)B to B向けの銘板や機器パネルを提案する
われわれのなかでは(3)が本丸で、(1)と(2)はそこに向かうための小さなヒットを狙うプロジェクトとして考えていました。いきなり大きなチャレンジから始めるのか、少しずつ成功を積み重ねていくのか、という意思決定は企業によって違うので。技光堂の本業が(3)であること、同社もそこに投資するという判断だったので、その方向性で取り組むことになりました。
佐藤 もし最優秀賞でなかったら、ここまでリスクをもってやってやるという決断にはならなかったかもしれません。受賞が背中を押してくれたところがあります。
——受賞後すぐにMETALFACEのウェブサイトを立ち上げました。5GやIoT、スマートハウス、スマートモビリティといったトレンドのキーワードとともに、具体的なユースケース(使用事例)がたくさん紹介されています。
今井 METALFACEのターゲットは、自動車、家電、建材、住宅設備などの業界です。一方、中小企業が自らドアを叩いて営業しにいくのは分が悪いと思っていて。逆にどうしたら大手から問い合わせが来るか。そのひとつの方法が、ユースケースなんです。今回難しかったのは、企業の中で誰がMETALFACEの採用を意思決定するかわからなかった。メーカーであればデザイナーか、あるいは企画や開発の担当者なのか。「誰に向けて」が明確ではなかったので、言葉で説明するよりも絵で見せることが重要だと考えました。これを見た担当者が、「競合が先にやったら困る」と焦るようなビジュアルを目指しました。僕らはフューチャーデザインをしたいわけではないので、あくまで5年くらい先を見すえたリアリティを重視しています。
——一方、技光堂ではMETALFACEの技術開発と営業を進めていくわけですね。
佐藤 企業に営業するなかで、「もっと大きいサイズがほしい」「樹脂以外の素材がほしい」といったさまざまなニーズが聞こえてきました。そうした声に応えるため新技術の開発にも取り組んでいます。サイズについては、高精細なテクスチャーを大判に印刷するのはとても難しいのですが、さまざまな技術を活用してなんとか従来の2〜3倍くらいまで大きくできそうです。
——他社とのコラボレーションも行っています。
今井 いかに問い合わせを増やすか、知名度が高くない中小企業の信頼性をいかに高めるか、というところで、大手企業と一緒に何かをつくってみることはインパクトがあります。例えばコニカミノルタとのプロジェクトでは、同社が開発する発光体印刷技術とMETALFACEを組み合わせて、新しい用途の可能性を探っています。展示会でプロトタイプを発表して、反響もありました。
佐藤 照明メーカーのDNLとコラボレーションした「METALFACEバー(仮称)」は、アルミ角棒の一面がMETALFACEになっていて、スイッチを入れるとそこだけが発光します。照明機器としてだけではなく、今までにない建材としての可能性もあります。
今井 こうしたプロジェクトのほかに、量産見積もりで数千万円から1億円規模の案件が複数動いています。METALFACEの今年度の売り上げ目標は2億円。スピード感をもって受注し、年度内には達成したいと考えています。
新しい武器を携えて
——受賞からわずか1年でさまざまな成果が見えはじめています。社内に変化はありましたか。
佐藤 ずいぶん変わりました。kenma Inc. がこれまで当社にはなかった考え方を教えてくれて、外から声をかけてもらえる仕組みをつくってくれたおかげでたくさん引き合いがあり、みんな忙しく飛び回っています。それ以上に大きな変化は、技光堂という会社の価値が上がったということ。METALFACEがあることで展示会やメディアに取り上げられて、ほぼ無名の印刷会社が周知された。新規開拓はもちろん、既存の仕事も忙しくなっています。新しい武器を持たせてもらったという感じです。
今井 先月から社長はじめ全員に集まってもらって、営業戦略会議を行っています。とにかく問い合わせが多くて、営業からさまざまなニーズが上がってくるので、われわれも一緒に検討します。技光堂のなかではAという答えになるところを、外部から見たらBという考え方もある、ということを共有しています。
——まさに、デザイン経営ですね。
今井 デザイナーを責任者にするとか、上流からデザインを入れるといったデザイン経営の話は、たいてい大きな規模の会社向けですよね。そもそも中小企業にデザイナーはいないし、いたとしても責任者に向いているのかわからない。となると、僕らのような外部の人間が関わって一緒に進めていくのが現実的ではないかと思います。
僕自身は、経営というよりは事業をさわっている感覚。この事業で売り上げをあげるために、デザインでやるべきことと、デザインでやらなくていいことがあります。例えば、ウェブデザインはそこそこでいい。ウェブや名刺がかっこよくても売り上げはあがらないので。でも、ユースケースは問い合わせを増やすためのいちばんのポイントだから頑張る。「ここはデザインに投資した方がいい」という判断は、僕らが得意とするところです。
——TBDAではほかにも「wemo(ウェモ)」(2016年度優秀賞)の商品化も成功させました。今回との違いはありますか。
今井 知財ですね。今回はじめて知財の戦略を考えました。相手企業がすべて大手で、契約書にそのままサインするとかなり不利になってしまう。そこで何十社という契約書を、日髙一樹さん(TBDA審査委員/デザイン・知的財産権戦略コンサルタント)に見ていただきながら相談し、方針を決めていきました。
——これからの展望を聞かせてください。
佐藤 現在、今まで付き合いのなかったメーカーと、試作に取り組んで評価してもらっている段階です。その要望をきちんと取り入れながら、なるべく早く量産化に乗せていきたいですね。そして2年目は量産の規模を大きくしたい。生産量が増えてくると現状の工場の規模ではおさまらないので、新社屋の計画も立てているところです。
——ありがとうございました。
kenma Inc. https://www.kenma.co
METALFACE https://www.metalface.tokyo
東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html