自然と人との関係を問いかける、“葉”だけで構成されたオーストラリアのインスタレーション

▲メルボルンの19世紀に建てられた教会のホールで展示された「Proximity, 2019」 Photo by Sean Fennessy, Image courtesy of the artists

ハイデ近代美術館は、オーストラリアのアートと文学の世界でパトロンとして知られたリード夫妻が1950年代に設立した私設美術館を、1981年に州政府が買い上げ、彼らが暮らした邸宅を含めてリオープンした近代美術館だ。同館で、2019年11月9日〜2020年2月4日まで開催された、ふたり組のアーティスト、Wona BaeとCharlie Lawlerによるアート展「En Route」の様子をレポートする。

▲En Route展のなかで、エントランス近くのソファのある小部屋に配された作品「Rumble 2019」。Photo by Reiji Yamakura

異なるバックグラウンドを持つふたり

メルボルン中心部から北東にクルマで20分ほどの郊外、ハイデルバーグにあるハイデ近代美術館は、リード夫妻が愛した庭園を含む、およそ6万平米の広大な敷地に3つの展示館がある美術館だ。その展示館のひとつ、かつて夫妻が暮らした、近代建築の名作として知られるハイデIIでふたりの作品が展示された。

韓国生まれで、日本の生け花にも造詣が深いWonaと、オーストラリアのタスマニア生まれのCharlieは、2000年代始めにWonaが花飾学を学んでいたドイツで出会い、意気投合して共同で作品づくりを始めた。アジア各地での制作を経て、2007年にアートの制作や発表に対する環境が整ったメルボルンに拠点を移し、2013年からLoose Leaf Studio名義で、人と自然の関係性をテーマに、植物を主な素材としたアート制作の活動を始めた。

▲Wona Bae(写真右)とCharlie Lawler。Photo by Reiji Yamakura

▲ハイデ近代美術館のメイン入り口。Photo by Reiji Yamakura

建物内に植物を用いたランドスケープを

取材日にコリングウッドにあるスタジオを訪ねると、早朝にもかかわらず淹れたてのコーヒーを振る舞いながら、「En Route」展のプロセスをを語ってくれた。

「あの素晴らしい空間を持つ、ハイデIIで展示ができるのというのは、願ってもないことでした。あの建築は、ギャラリー兼住宅として設計されたので、部屋の間にドアがないことが特徴です。そこで、内部を旅するようなコンセプトで、歩きまわりながらさまざまなアートを発見するシーンを想定して、ふさわしい形を考えていきました」。

▲2層吹き抜けのリビングルームに吊られた5連のリング状の作品「Resonance 2019」。ヤシの葉の先端部分だけでつくられている。Photos by Reiji Yamakura

作品を通して来場者に伝えたかったことを尋ねると、「作品づくりの大きなテーマとして、自然と人の関係を常に問いかけているのですが、ここでは、植物素材のテクスチャーを使って、既存概念を変えるような新しいランドスケープを建築内に表現したいと考えました」。

かつてランドリーだった小部屋では、わざと作品の3分の1だけを通路から見えるように配置して、迷路の奥に作品が顔を出したような演出をしている。また、ふたつの小部屋が間仕切り壁で分割されたスタディルームでは、部屋間の壁を乗り越えるようなかたちで、葉先を織り混んだ細長いオブジェが飾られている。全体を通して、建築と対話するかのように構成されたインスタレーションを、Charlieは「自然界のものである植物を主役として、この建築が飲み込まれるような見せ方をしたかった」とも語る。

▲(上)一部のみを通路から見えるように配置した、ランドリールーム内の作品「En Route 2019」。(下)隣接するスタディルームとの間の壁を跨ぐように展示された、ベッドルームの「Passage 2019」。Photos by Reiji Yamakura

これらの作品には、すべて乾燥させたヤシの葉が使われている。素材については、「この葉の形状や、乾いてシルバーグリーンに変化した表情がとても気に入っているので、1枚1枚カットして作品に合わせて使っているが、葉の種類に何か意味を持たせているわけではないの」とWona。

また、サウンドアーティストのMartin Kayとコラボレーションし、会場内では風の音や、木の根が延びる音が流されている。館内に展示されたフォトグラファーのSean Fennesseyによる写真作品は、建築にオブジェが寄り添うようなシーンや、建物にアートが挑みかかるようなダイナミックな表現を来場者に伝えるために、会期中とは一部異なるセットアップで撮影されたものだ。

▲(上)葉でつくられたパターンを黒く染めた平面的な作品「Collective 2019」。(下)フォトグラファーのSean Fennesseyが同美術館で会期前に撮影した写真の展示。Photos by Reiji Yamakura

アイデア段階からペーパーモデルなどによる試作とディスカッションを繰り返すのが常だというふたりが、建築とのバランスを考え抜いた1、2階に及ぶ今回の展示では、大小さまざまなインスタレーションに遭遇する、意外性のあるシークエンスが来場者を楽しませていた。

不平等や社会の二極化、無関心という課題

また、過去に手がけた個性的な作品ついても話を聞いた。2019年にメルボルンの市街地で、ガソリンスタンドだった敷地を利用した「Fossil」では、その場所に惚れ込んだふたりが、所有者と交渉し、告知をせずにゲリラ的に1日限りのインスタレーションを行ったものだ。交通量の多いストリートで驚いた観衆が集まってくる様子が楽しかったとふたりは笑う。

▲メルボルンのガソリンスタンド跡地でゲリラ的に1日だけ開催した「Fossil, 2019」とその設置風景。Photo by Sean Fennessy, Image courtesy of the artists

また、2017年にスペインのコルドバでフローラ・フェスティバルの期間中に展示した「Free Fall」は、主催者からの招きにより、幅、高さがともに10mという大掛かりなインスタレーションを実現したものだ。「このときは8人のスタッフと私たちふたりの10人で4日間、必死に準備をした。天井から光が注ぐパティオでのインスタレーションはとても印象深い」と当時を振り返る。このフェスティバルでは、2週間の会期に約3万人が会場と訪れたという。

▲スペイン・コルドバのフローラ・フェスティバルのための展示「Free Fall, 2017」。8枚の大きさの異なる逆三角形のパーツで構成されている。Image courtesy of the artists

それぞれの難しさを尋ねると、「困難に感じるかというと、そんなことはないんだよ。ただ、どれも大きなチャレンジなのは確かで、例えば、もう1回、コルドバの展示規模で同じものをつくれるかと言われたら、それはわからないけれど、僕らは常にチャレンジがしたいのでそれを苦とは思わない」という前向きな言葉が返ってきた。

今後の展望については「2019年はオーストラリア国内での活動に重心を置いてきたので、2020年はヨーロッパなど海外でのプロジェクトに向けて準備をしている。そして、取り組みたいのは、不平等や社会の二極化、人々の無関心という課題を抱える現代において、植物を使ったインスタレーションを通じて、自然界と人間の関係を見つめ直すというテーマに引き続きチャレンジしていきたい」と語ってくれた。End

▲Hover Wreath Seriesと名付けられた、2017年から続く連作のひとつ「Spring Hover, 2018」。Image courtesy of the artists

▲東京・富ヶ谷で展示された「Tomigaya Hover, 2017」。同シリーズでは、基本的に現地で手に入る季節の植物で構成するという。これまで、日本、オーストラリア、スコットランドで展示された。Image courtesy of the artists