新品の漆器を使うと偏った生活がリセットされる!?
漆がもたらす意外な効用とその理由

「うつわを」育てる、という言葉がある。普通の人は、自分のうつわを人に見せることなど、ほぼないだろうが、仕事柄使い込んだうつわを見せることがたまにある。

例えば、粉引のうつわ。“貫入”といういわば使い込んだときにできる“しみ”は、慣れない外国の人から見れば、単なる汚れと思われるに違いない。だが、日本人はこれを“景色”として重宝する。

そして、わたしの場合、一体どうしてだか使い込みが早い。ギャラリーオーナーの友人が、我が家に遊びに来た時、ある作家の皿を見せたところ「自分の店でも扱っている作家だが、こんな風にきれいに貫入が入ったことはない」と、言われたことがある。

また、40人ほどのうつわの作り手を紹介した拙書「うつわの手帖1 お茶」(ラトルズ)の見本を集めた打ち合わせの際、わたしが何気なく、喜多村光史さんの粉引のポットでお茶を淹れた時のこと。そこにいた全員の視線が、このポットに釘付けに。そして「この使い込み方、いいね。これ載せない?」ということになり、他は全て未使用のものを紹介する中、唯一、この使い込まれたポットを撮影することになったのだ。

その後、本の出版記念で企画展をした際、(もちろん)新品を販売したのだが、「使えば、この本に載っているような状態になるのか」と聞かれ、戸惑ったことがある。

自分だって、これだけの貫入をどうすれば再現できるか、正直わからない。なぜならそれは、無意識の動きが重なってのことだからだ。

▲喜多村光史さんの粉引の皿。この使いこみも知人に褒められた。

使い込んでの変化が著しいのが、漆だと思う。刷毛で塗りっぱなしのマットな仕上げの漆椀は、毎日、触り、汁を入れ、洗い、そして拭くことで、摩耗を繰り返し、いわゆる“使い艶”というものができてくる。

展示会の時は、必ず、使い込んだものを並べておくようにする。以前、百貨店で漆の作家さんの企画展をした際、ある外国人の女性が、新品と使い込んだものを見比べたのち、「これを5個ちょうだい」とおっしゃった。

大きな売り上げに小躍りし、いそいそと在庫を用意して中身を確認していただいた。するとお客様は、「違うわ、こっちよ」と。なんと、使い込んだ私物の方を指差されたのだ。どうやら、別の塗り方をした異なる商品だと思われたらしい。しどろもどろに、同じモノで、使い込むと、こう変化する旨を伝えたが、「だったらいらない」と、お帰りになられてしまった。

売り上げに苦戦していた展示会だっただけに落胆したが、自分の使い込みを褒められたのは嬉しかった思い出だ。

こんな風に「使い込むことがいいこと」と、皆が思うようになったのは、この10年来の“暮らしぶり”を重んじる風潮があってのことではないだろうか。ライフスタイル雑誌には毎号のように、様々な人の生活を紹介する記事が載り、使い込んだうつわや道具が並ぶようになった。

一昔前、百貨店の松屋・銀座に“クラフトマンハウス”という売り場があった頃、商社の営業をしていたわたしは、この売り場に岩手・浄法寺の汁椀を納めていた。ある時、先輩から新品の汁椀を手渡され「売り場の展示品と交換してこい」と、言われた。

なぜかというと、「展示品はお客様が触り続けて、使い艶が出ている。新品は真珠のようなモヤがかかった状態で、お客様が混乱するから…」ということだった。

昨今、使い込んだうつわは、「使い込むと、こんなにいい具合に変化する」と販売の際の常套句になっている。持ち帰った汁椀はつくり手に戻し、塗り直して、新品同様にしてもらうのだが、使い艶は時間を経ないと出てこない。このような行程は触った時間を無にしてしまい、もったいなかった、と今では思う。

▲「生活をリセットするため」という言い訳のもと、我が家には定期的に新しい漆が増えていく。

さて、私は定期的に、生活をリセットするのに漆器を利用している。なぜかというとそれは、仕事が山積してくると、外食が増え、栄養が偏り、結果的に体調はどんどん悪くなってくる。

生活を正すには、自宅での料理が一番。そんなときに、やる気を起こさせてくれるのが漆椀だ。それも、新品のものでなければいけない。新しい艶消しの漆をおろし、「この漆を使い込むために、毎日、料理を作ろう」という気になるのだ。今まで何回もこの方法で生活を立て直している。

ずいぶん贅沢な方法なので人には呆れられるが、是非一度お試しになることをオススメする。漆は高い、と思われるだろうが、外食の数回分で漆を買ったと思えば、元は取れる。友人には漆に“かぶれた”人間の言い訳だ…と言われつつ、今日もわたしは楽しんで漆を使っている。

お知らせ

いま、実直な漆器を作る安比塗漆器工房のサポートをしています。

12月頭まで開催されている大阪の<暮らし用品>さんで展示会に合わせて、お話会を開きましたが、皆様に興味を持っていただき、岩手から来た塗師(ぬし)の工藤理沙さんと楽しくお話できました。

展示会)はじめての漆 安比塗漆器工房

会期
2019年11月23日(土)~12月3日(火)
11:00~18:00 水・木曜休み
会場
暮らし用品
大阪府大阪市阿倍野区阪南町1-45-15
詳細
http://www.kurashi-yohin.com/guide/schedule.shtml

前回のおまけ》

日本の道具・ひとてま上手の愛用品」の会場で取材を受けた情報誌が発売されました。

日頃、考えていることをライターの八木沢由香さんにをうまく、まとめていただきました。片柳沙織さんに写真を撮っていただき、展覧会のいい思い出になりました。End

▲地域人51号 特集 ふるさとの手仕事と生活道具(大正大学 地域構想研究所
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