「5年後の当たり前」は、すでに始まっているーー。今はまだ小さなトレンドだが、少し先の未来には、当たり前になっているであろうモノ、コトを取材。既に実践している人との対話から、まだ見ぬビジネスやプロダクトをスケッチしていく連載「AXISデザイン研究所の未来スケッチ」。
今回フォーカスするのは「昆虫食」だ。これまでは、いわゆるゲテモノ料理や、地域に根づく風習といったイメージが強かったが、近年、その風向きは変わってきている。2013年、国際連合食糧農業機関(FAO)は、昆虫食に関するレポートを発表した。世界の食糧危機の解決に、栄養価が高い昆虫類の活用を推奨している。
デザイン誌「AXIS」189号の特集「新しいおいしさ。 」では、数ページに渡って、昆虫食に関する紙面を展開した。
“世界一のレストラン”と評されるデンマークの「ノーマ」の創設者レネ・レゼピレネとクラウス・マイヤーによって設立された「ノルディックフードラボ」では、昆虫食に関する研究を進めている。欧州議会の「2025年、われわれは何を食べているのか?」と題したセミナーでは、美しさと栄養価の高さを両立した昆虫食を同ラボが提案した。
今回の企画にあたり、昆虫食について篠原祐太氏に話を聞いた。地球少年・昆虫食伝道師として、虫料理の創作・販売から、ケータリング販売、ワークショップ、講演、執筆と幅広く活動している。「ラーメン凪」とコラボしたコオロギラーメンは大きな反響を呼んだ。実際に昆虫食に取り組む篠原氏の話から「5年後の当たり前」を考える。
昆虫食をポジティブに伝える
ーーはじめて昆虫を食べたのは、いつ、どんなきっかけだったのでしょうか?
はじめて昆虫を食べたのは、4〜5歳くらいだと思います。高尾山の近くに住んでいたので、自然が常に身近でした。生き物が大好きで、幼稚園の時から暇さえあれば、山に入っていろんな生き物を捕まえたり、川泳ぎに行ったり。捕まえて観察したり、家で飼ってみる延長に「食べる」ことが自然にあったんです。
ーー初めて食べたときの感想は?
全然覚えていないんです。きっと「好きだな」って思ったんだと思います。特別美味しかったわけではないけど、自分で採った虫を食べることが楽しかった記憶はあります。
ーー食べるとどういったことが分かるのでしょうか?
虫は消化構造が単純なので、他の生物と比べて「何を食べているか」による味の違いが大きいんです。例えば、桜の木についてる毛虫は桜餅みたい味がするんです。柑橘系の木にいる虫は柑橘系の味がする。虫を食べることで、この虫がどんな風に生きてきたか分かるんです。
ーーそれは他の食材にはない特徴ですね。
そうですね。ただ、虫を食べることが普通じゃないことも分かっていました。こうやって人に言えるようになったのは、本当につい最近です。19年間、ずっと隠してきたんです。
小学校から高校にかけては「嫌われたら終わりだ」なので。虫を食べていることどころか、虫が好きなことすらバレないようにひたすら隠し通してきたんです。例えば学校にゴキブリが出たときも、率先して「キモい!」って言ったり、潰したりしてきた。そうやって自分を隠して生きているのは嫌だって思えたのは、大学に入ってからでした。
ーーどうして大学に入ると気持ちが変わったんですか?
大学に入ると「いろんな人がいるんだ」って分かったんです。例えば、かくれんぼ好きが集まり、全力でかくれんぼを行う「かくれんぼサークル」があったりした。好きなものを好きだって言っていいんだ、それなら虫を食べることだってありなんじゃないかって。
ーーコミュニティが広がったことで、カミングアウトができるようになったんですね。
はい。時代としても、FAOのレポートがリリースされ、栄養的にも地球の資源的にも昆虫食はとてもホットだ、と。僕にとっても知らないことばかりで、昆虫食の可能性にびっくりしたんです。ただ、ここに書かれていることは、自分の本意ではないというか…。
ーー本意ではないというと?
もっとポジティブに昆虫食を伝えたいんです。「他に食べ物がないから虫を食べましょう」というのは、僕が考えていることとはちょっと違う。僕はこれまで五感をつかって愛してきたし、虫と関わってきました。その経験から、虫をもっとポジティブに伝えていきたいんです。
美味しさ、体験、素材…これからの昆虫食
ーーポジティブに伝えていくために、重要だと思っていることはありますか?
料理として、圧倒的に美味しくするということだと思います。そのために、今、レストランをつくろうとしているんです。”虫”というインパクトに頼るのではなく、料理としての質をあげていく。食材としての昆虫を扱うショップはありますし、伝統的な昆虫料理を提供しているお店もありますが、そのいずれとも異なる、新しい料理としての魅力を発信したいんです。
ーー確かに、美味しさは大事ですね。美味しくなければ食べてもらえない。
昆虫食に興味もってとりあえず食べてみた人にとっての、次のステップをつくらないといけないと思っています。レストランではコース料理を提案してみたり、森を感じるような空間づくりにこだわってみたりと、いろいろ想像しています。
ーー昆虫食の魅力が伝わるアイデアがあると良いですね。
「虫を食べる」という体験自体にもっとフォーカスするのも面白いと思っています。虫は他の動物に比べて小さい。まるごとお皿に乗せて、部位ごとに味や食感の違いを楽しむことができます。それを具体的に考えると、カトラリーの問題にぶつかるんです。
既存のフォークとナイフでは大きすぎる。虫料理のためのカトラリーがあると面白いねと、プロダクトデザイナーと一緒に話していたことがあるんですが…、ピンセットのようなカトラリーがあると便利だと思うんです。
ーー解剖セットを想起しすぎるとちょっと刺激が強いので、男心をくすぐるギアのようなイメージが良さそうですね。
そうですね。ちょっとハードルを下げるために、素材としての虫の美味しさに着目することも大事だと思います。虫を虫のまま食べなくても良いんです。コオロギラーメンは、コオロギの出汁をつかっていますし、現在、大学の研究所と共同で、コオロギを使った醤油の研究も進めています。
ーー出汁や調味料からの昆虫食を考えるのは面白いですね。
僕は虫が好きだし、昆虫食が好きだけど、他の人はそうではない。「好きだから知ってほしい」では感情論になってしまい、魅力が伝わらないと思っています。昆虫食にしかない価値を引き出して、それを提案していきたいです。
ーー今回のお話を聞きながら、いろいろアイデアが浮かびました。昆虫食ならではの魅力を伝えていくための未来スケッチを考えてみます。今日はありがとうございました。
AXISデザイン研究所の”未来スケッチ”
これまで五感を使って虫を愛し、虫に関わっててきた篠原氏だが、彼自身が19年間それを隠してきた事実があるように「虫を食べる」という体験自体にフォーカスするには、まだハードルが高いかもしれない。
どうしたら昆虫食の魅力をポジティブに発信できるだろうか。今回の篠原氏の話を受けて、AXISデザイン研究所では、近い将来訪れるかもしれない未来像を独自に考えた。
例えば店内に木を持ち込んだり、むしろ森のなかに直接レストランを開いたり。空間に圧倒的な森感を出すことで、昆虫食に体験としてもどっぷりつかることができると、よりいっそう昆虫食の魅力が伝わるのではないか。
また、食材としての昆虫、美味しい昆虫料理を開発するにとどまらず、料理を楽しむ食器やカトラリー、料理を提供する空間すべてにおいて「昆虫の生きてきたストーリーを感じてもらうための商品やサービス」をデザインできたら面白いのではないかと考えた。
私たちが最も刺激を受けたのは、自分で採集した虫を食べることで、その虫が「生きてきた生育環境を感じられる」という点だ。土地や作り方などの背景を伝えることで、昆虫食の奥深さを感じてもらうようなアプローチもあるだろう。
昆虫食の魅力をポジティブに発信するためのアイデア
昆虫をつかった調味料<One third>
昆虫食をもっとポジティブに伝えていきたいという篠原氏の想いや、コオロギの出汁や醤油などを研究しているという話から着想を得て、いくつかのアイデアの中から”調味料”にフォーカス。具体的にデザインを行なった。
デザインで心掛けたのは「昆虫感」を際立てないこと。テーブルの上にある食器やグラスに馴染むシンプルなデザインにすること。加えて、和食・フレンチ・イタリアンなど様々なジャンルにも違和感がないこと。という3点だ。
ボトルデザイン
ユーザー自身が「どんな食材に合うか」と実験を楽しむように使えるイメージで、フラスコをモティーフにデザイン。右3本は液体タイプ、左2本は粉末タイプ。
ネーミング
「One third」は、昆虫食で1日の1/3の栄養価が摂れたら面白いのではという発想から命名したものだ。「桜の木で育った毛虫は桜餅みたいな味がする」という篠原氏の話をヒントに、sakuraやdaidaiなど、昆虫が育った木でフレーバーを表す。
ロゴマーク
ネーミングにちなんで作成したシンボル「1/3」。円グラフをモチーフに昆虫にも見えるようなグラフィックを表現した。
今、社会は「モノ消費からコト消費」の時代と言われている。単純にプロダクトを買うのではなく、プロダクトができあがるまでの背景や、プロダクトがあることで変わるライフスタイル、プロダクトと空間を組み合わせた新しい体験なども含めて「買うこと」の概念が広がっていく。昆虫食も、他の料理にはない新しいストーリーや体験を付加することができる興味深いジャンルだ。
昆虫食に関する「5年後の当たり前」は、すでに始まっている。