東京ビジネスデザインアワード 2016年度 テーマ賞
「フロッキー加工技術のブランディング提案」
hitoe ☓ 伸栄プラスチック

▲左から横山織恵さん(hitoe)、近藤 学さん(伸栄プラスチック)、榎本大輔さん(hitoe)。東京・八王子の伸栄プラスチックにて。

2016年度の東京ビジネスデザインアワード(以下TBDA)でテーマ賞を受賞した「フロッキー加工技術のブランディング提案」は、静電気を使って短繊維を植毛するフロッキー加工の技術をより多くの人に伝えるためのプランだ。「技術ブランディングにとって大事なのは技術とプロダクトを両輪で発信していくこと」と考えたhitoe(榎本大輔、横山織恵)のふたり。伸栄プラスチックとまず一緒に始めたのは、「窓口」となるホームページの立ち上げからだった。

技術そのものが評価される仕事をしたい

――伸栄プラスチックではいつからフロッキー加工を手がけているのでしょうか。

近藤 学(伸栄プラスチック) 社名に「プラスチック」とあるように、1960年の創業当時はプラスチック成型のバリ(溶けた樹脂が金型の隙間に流れて固まった部分)を削る仕事をしていました。そこから成型品の塗装を経て、70年代半ば頃からフロッキー加工(静電植毛、電着植毛)に移行します。当時は最先端技術で、自動車の内装に採用されてから徐々に需要が高まっていきました。グローブボックスの引き出しの内側や、センターコンソールなど、どちらかといえば人が普段は目にしない部分に使われています。また遮熱効果があるので、こたつのヒーターカバーやOA機器の高温になりやすい場所にも使われています。

▲フロッキー加工に使用される短繊維(パイル)。

――具体的にはどのように植毛するのでしょうか。

近藤 会社によっていろいろなやり方がありますが、原則的には基材に接着剤を塗布して、ザルや風を使って短繊維をふるいかけるイメージです。その時に静電気の力を利用するのがポイントです。プラスチックの下敷きを頭にこすると髪の毛が逆立ちますよね。「クーロンの法則」と言われるこの現象を利用し、電気を帯びさせることで短繊維を均一に植毛することができます。

▲有限会社 伸栄プラスチック 専務取締役 近藤 学さん

――どんな素材に植毛できるのですか。

近藤 接着剤を表面に塗布できさえすれば、水と空気以外、あらゆるものに植毛することができます。強度さえ求めなければ、植物や人体なども可能です。

――そんな伸栄プラスチックが、2016年にTBDAに参加した理由を教えてください。

近藤 自分たちが一生懸命取り組んでいる技術そのものが評価されるような仕事をしたいと思ったのが1番の理由です。これまで完全に受注型で、量産品の加工を請け負ってきました。でもそれだと職人の手(技術)がいつまでも評価されないんですよ。「量産品だからこの金額で」と言われ続けることに違和感があって。うちには製品はありませんが、モノに温もりを与えることができます。自分たちで新しいブランドをつくって自社製品を送り出したいというよりは、まずこの技術を知ってほしい。そのためにデザイナーのお知恵を拝借したい、という思いでした。

▲フロッキー加工は実際の植物や金属にも加工可能。既存のものに新たな温もりや意外性を感じさせる。

まずフロッキー加工について知ってもらう

――アワードに提案側として参加したhitoeのふたりはなぜ、同社のフロッキー加工に着目したのでしょう。

榎本大輔(hitoe) この技術にものすごく可能性を感じて、とにかく「この技術で何かを提案したい」と最初から思っていましたね。考え始めたら「あれもできる、これもできる」と、アイデアがどんどん溢れてくる感じでした。

最初は何かコアになるプロダクトがあって、それに植毛して展開していけたらと思いました。けれど話し合っていくなかで、単にひとつのプロダクトをつくって終わりではないのではないかと。エンドユーザーは「そもそもフロッキー加工って何?」というところから入ると思うので、もっと知ってもらうための土壌を整えるべき。技術の立ち位置を確立した上で、次のフェーズでプロダクト開発に進むのが良いと考えました。

▲榎本大輔さん(hitoe)

――そして、「技術ブランディング」をテーマにしたわけですね。

榎本 TBDAのプレゼンテーションでは、静電気で接着させる技術を際立たせるために、おがくずやグリッターなど奇抜なものを基材に吹き付けることで、ほかの静電植毛との明確な違いをアピールしていくことを提案しました。ただ、現実的にできることとできないことがあるので。受賞後は、近藤さんとこれからどうアウトプットするかという話し合いを、時間をかけて積み重ねていきました。

横山織恵(hitoe) 伸栄プラチックにはフロッキーの技術はあるけれど、基材になるものはつくっていません。そこからつくりはじめるとなるとかなり大変です。そこでひとつ「So.」という技術ブランドを立ち上げて、ウェブサイトをつくることにしました。それが入り口となって多方面の業種から声を掛けてもらえるようになることを目指しました。

▲横山織恵さん(hitoe)

榎本 それに伴って、企業ホームページのほうも更新し、信頼と歴史ある会社による技術であることをきちんと伝える。まずそうした土台を固めた上で、ニュース性のあるプロダクトをつくることで、発信力を高めていきたい。技術を発信していくということと、具体的にこういうモノができるというプロダクトの面から発信していくことの、ふたつの軸が必要だと考えたのです。

メイド・イン・高尾のプロダクトを開発中

――技術ブランドとして発信した成果はありましたか。

近藤 ホームページをリニューアルしてから、「デザイナー」と呼ばれる方々から引き合いをたくさんいただくようになりました。きちんと情報整理されたウェブページから発信することが、他社との差別化に自ずとつながっていくんだな、と感じましたね。

問い合わせをもらった案件から、実際にある有名なクリエイターと一緒に製品をつくらせてもらいました。またフィリピンのデザイナーから依頼があって、建設中のデザインホテルの一室の壁に一面すべてフロッキー加工を施しました。それらも受注といえば受注ですが、これまでのように底辺の下請けというよりは、上流に向かって進んでいる感じがします。コトを起こしていく人たちと一緒にモノをつくりはじめた、という意味で会社にとって大きな変化になっています。

―― 一方、技術ブランドをPRしながら、製品も開発しています。「高尾ホタルの積み木」について教えてください。

榎本 近藤さんと相談しながら、拠点である八王子エリアの会社の技術をかけ合わせて「メイド・イン・高尾」のプロダクトがつくれないかと考えました。高尾山は有名な観光地だし、発信力がある。そこで高尾山の間伐材にフロッキー加工を施したものがつくれないかと。高尾山はヒノキとスギが有名ですが、間伐材の使い道がなくて問題になっているんです。だからこれを使いたい。

近藤 近所にタカオ木工所という会社があって、それまでお付き合いはなかったのですが、「実はわれわれはこういうことをやろうとしている」とプロダクトの説明をさせてもらったんです。そうしたら「面白そう」と乗っていただいた。hitoeさんと一緒に山に入って、目の前で間伐材を伐ってもらい、それを皆でかついで降りたんですよ(笑)。

▲実際の伐採の様子(フルスクリーンでご覧ください)。

横山 その間伐材でつくったのが「高尾ホタルの積み木」です。小物が入れられるつくりになっています。白いフロッキー加工の部分は蓄光塗料で、夜になると光ります。高尾山ってホタルも有名なんです。まだこれはプロトタイプで製品化はこれからですが、高尾山の間伐材とホタルをテーマに話題性のある発信ができるのではないかと思っています。

とにかく発信する側へ

――ところで、これらの木彫りの熊は。

榎本 これは真面目にふざけた感じ(笑)。人が「あっ」と驚くような、ギャップが生まれるものってなんだろうと考えていて、「木彫りの熊に毛が生えたらおもしろいね」という話になって、職人さんにお願いしてつくってもらいました。製品というよりは、何にでも加工できる技術力をアピールするためのシンボルのような存在です。

横山 どこかでこれを目にした人が、「こんなことを本当にやっちゃうんだ」と面白がってくれたらそれが新しい入り口になる。とにかくこうした入り口をたくさん増やすことが技術ブランドにとって重要なことなのかなと思います。

近藤 これは単に色を塗り分けているのではなく、模様をひとつひとつマスキングして違う種類の短繊維を植毛しているんですよ。高度な技術で手間も時間もかかる。これをつくった職人は、かなり試行錯誤したと思います。2個目3個目とつくるうちにだんだん真剣になってきて、見栄えもどんどん良くなってくるんですよ。毎日取り組んでいる技術が評価されたり、人の反応が見えることによって、職人たちに楽しさを感じてもらいたい。それもTBDAに参加するひとつの理由なんです。

――まだ技術を知ってもらう取り組みは続きますが、これからやっていきたいことはありますか。

近藤 何よりも自分たちの立ち位置を変えていきたいです。お客さんありきで、いつも底辺にいる加工業というスタイルだった会社を、とにかく上に向かって進めていきたい。発信をする側に回りたい。そこに尽きます。そして、その手応えは確実に感じています。(Photos by 西田香織End

静電植毛加工ブランド「So.」 http://www.shineipla.co.jp/so/

有限会社 伸栄プラスチック http://www.shineipla.co.jp/

hitoe http://hito-e.jp/

2018年度東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html