2017年度の東京ビジネスデザインアワード(以下TBDA)で最優秀賞を受賞し、2018年10月29日に販売を開始した、アイロンのいらない転写シート「irodo(イロド)」。約9ヶ月という短期間で、商品づくりはもちろん、ブランドや売り方の策定から、テストマーケティングまで、メーカーとデザイナーが驚くべき行動力で次々とハードルを乗り越えていった。その根底には、「自ら生活を彩るという新しい文化を広げたい」という強い想いがある。
市場にない商品を打ち出していく覚悟
――扶桑は創業54年、シール・ステッカーの製造や二次加工を行う会社です。
富田成昭(扶桑) スキー板に貼るシールをつくったのがはじまりです。そこから、自転車のスポークやヘルメットなどに貼るロゴシールなど、主に資材用のシールを製造しています。基本的にはお客様の要望に答えていくOEMのビジネスを展開していて、5年ほど前に「ストッキングに貼れるシールがないか」と相談されて開発したのが、今回の「アイロンを使わない転写シール」のスタートです。
――この技術でTBDAに参加した理由は何だったのでしょうか。
富田 自社の得意な技術をなんとか広げたいと思いました。私たちはものをつくることはできますが、広げることはやってこなかったので、それができるデザイナーと出会い、いろいろな提案をもらえるいい機会になると考えたのです。
――榊原さんはなぜTBDAに応募したのですか。
榊原美歩(Good The What) 当社は、企業のブランディングや商品企画をサポートし、グラフィック、ウェブ、プロダクトなど領域を問わず制作しています。3年ほど前にTBDAが主催する講座で、中小企業とデザイナーが協働するためのセッションを聴講した際にアワードの存在を知りました。その後、メールマガジンでアワードの説明会があることを知って興味をもち、参加しました。
――なぜ扶桑の技術を使った提案をしたのですか。
榊原 直感的に転写シールの技術が面白そうだと思いました。大学でシルクスクリーンの勉強をしていたので馴染みもありましたし。受賞することよりも、実際の商品開発に関心があったので、会社や担当者の雰囲気がいいところに応募したかったというのもあります。会社見学を経て、最終的に扶桑さんに提案を出しました。
富田 いろいろな提案があったなかで、シールを重ね貼りするという発想が気になりました。榊原さんの案は当社がこれから取り組んでいきたいB to Cの領域に合っていたということと、マッチングから作品提案までの短期間でつくれる現実的な内容だったので、一緒にやろうと決めました。
――受賞時、審査員からどういった言葉を掛けられましたか。
榊原 廣田審査委員長から、「これから市場にはない製品を打ち出していくので、プラスアルファの営業努力が必要。その覚悟があるか」と念押しされたのが印象に残っています。今も、商品の価値や使い方を広げていく大変さは日々実感していますので、その言葉を励みにしています。
富田 受賞後、プロジェクトを一回塩漬けにしたんです。本当にこれをやっていくためには、人もお金も必要。1ヶ月くらいかけていろいろなこと考えたり、お金の計算もして、3月にスタートを切りました。
ワークショップでテストマーケティング
――まず何からはじめたのでしょう。
富田 ネーミングとロゴマークです。お互いにいろいろな案を出しあって、審査員の日髙一樹さん(弁理士/デザイン・知的財産権戦略コンサルタント)にも相談しました。私たちのなかでは「イロドル」という案が有力だったのですが、商標を取るのが難しいと言われて、いろいろとアドバイスをいただきました。
榊原 最終的に決めた「irodo(イロド)」という名前には、DIYやカスタマイズの根本にある「生活を彩る」という意味を込めています。ロゴマークは、アワードに提案したときのマークをベースに、水玉やストライプなどのパターンをあしらいました。
富田 転写シートのパターンは、早い段階から試作を進めていきました。シルクスクリーンの良さは、たくさん色をつくれるところ。色や柄の組み合わせを自由自在に楽しんでもらえるよう、試作で100パターン以上はつくりましたね。それからワークショップを開いて、お客さんの反応を見ながら販売用の組み合わせを決めていきました。
――どこでワークショップを開いたのですか。
富田 デザインフェスタや、葛飾区の小さな地域イベントに参加しました。とにかく試してもらう場所をつくりたくて、フリーマーケットにも出ました。パッケージもまだできていない時で、見栄えもいまいちだったと思います。夏の炎天下、私たちの存在が異質で誰も近づいてきてくれない時はさすがに弱りました(笑)。
榊原 雑貨量販店の商談会にも行きました。売り場の方の意見は、シートのサイズを決めたり、ノートやブックカバーなどと一緒にキット販売するかどうか、といったことを決めるのにとても参考になりました。また、さまざまな展示会を視察しました。そこに出ている商品を見ることはもちろん、自分たちが出展する時のことを考えて、ほかに埋もれないようなブースのイメージも固めていきました。
――製品や売り方をテンポよく、次々と決めていった感じでしょうか。
富田 審査員の日髙一樹さんに販売時期を聞かれたんです。「10月くらいにお披露目し、年内に発売を開始したい」と言ったら、「遅い」と言われました。公の場でアイデアを発表して受賞しているので、早いうちにつくらないと似たようなものが出てくる可能性もあると。そこから、かなり集中して進めていきました。
――展示会に合わせてクラウドファンディングもしたのですね。
富田 はい。男性ユーザーの多いクラウドファンディングだったので、ノートとブックカバーとシールのキットで販売したんです。蓋を開けてみると、購入者の7割が女性で、キットよりもシール単体がよく売れました。皆さん、自分が貼りたいものの上に貼ることがわかった。それでようやく私たちも「シール単体でいける」という確信に変わったんです。テストマーケティングですよね。私たちはB to Cで商売する際の戦い方を知らないので、クラウドファンディングを通じてシールを買ってくれたユーザーの層や地域などすべてのデータを商談で活用しました。
――転写シートの製造面で工夫はしましたか。
富田 不良品を出さないつくり方に改良したり、見栄えをよりよくするために、材料を変えたり、より精密な作業を加えるなど二次加工の調整をしました。
――職人さんの反応はいかがですか。
富田 最初は「何をやっているんだろう」という感じだったと思います。彼らにとっては、基本的には同じものをつくっている感覚。私はそれを変えたかったので、この商品の開発を理由に、一緒にワークショップに行ったり、展示会に立ってもらったりしています。自分がつくっているものが目の前で使われたり、今まで触れあうことのなかった一般のお客さんから質問されたりするうちに、彼らが発する言葉が明らかに変わってきています。
草の根的に広めていくことが大切
――2018年10月29日から東急ハンズで販売を開始しました。
富田 私も店頭に立って商品説明をしました。幅広い層からよい反応を得ている一方、もっとしっかり使い方を訴求しなければいけないとも思いました。「こするだけで布に貼れるステッカーです」と説明をしても、「アイロンで貼るんでしょう」と聞かれる。アイロンがいらない、ということをもう少しわかりやすく伝えたい。
榊原 この商品は、草の根的に広めていくことが大事なのかなと思っています。小規模でもいいから、実際に触れてもらう機会を増やしていくことが大切。そのなかで、繰り返し使ってくれたり、ファンになってもらえたら。イロドを使いこなすアーティストのような方が出てきてくれたら嬉しいですね。
――まだプロジェクトははじまったばかりですが、このコラボレーションをどう評価していますか。
榊原 今回、デザインは当社で、製造は扶桑さん、という明確な役割分担はありませんでした。デザイン的な部分や、プロモーションでどの写真を使うかといったことも、みんなで一緒に考えていきました。富田さんはすごい行動力の持ち主で、言ったことを本当にやり遂げる人。このプロジェクトでは考えたことを具現化し、課題があればスピーディにクリアすることが重要だと思うので、私たちも大いに刺激を受けていますし、これからも見習いたいと思っています。
富田 もちろん意見が違うこともありますが、気になるところが基本的に同じなんですよね。例えばワークショップでお客さんの使い方を観察していて、同じ課題を指摘できる。それだけ頻繁に話し合ったり、同じ現場を見てきたからだと思います。デザイナーやメーカーといった立場を越えて、とにかくお互いに真剣に商品開発をしたい、という気持ちが強いので、一緒に前向きに取り組むことができています。
――直近の予定を教えてください。
富田 2019年1月末に、幕張メッセの「雑貨EXPO」で展示をします。前回出した「JAPAN DIY HOMECENTER SHOW」ではインテリア向けの展示をしたので、今度は雑貨としてどういう見せ方を展開していくかを考えているところです。それぞれの業界や売り場にあった提案をしていきたいと思います。
――ありがとうございました。(Photos by 西田香織)
irodo https://irodo.tokyo/
株式会社扶桑 http://www.kkfusou.co.jp/
株式会社Good The What https://www.goodthewhat.com/
2018年度東京ビジネスデザインアワード https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html