INTERVIEW | インテリア
2016.10.21 11:45
カルティエ 銀座ブティック(東京・銀座)のグランドオープンにともない、内装設計を手がけたフランス人デザイナーのブルーノ・モワナーが来日した。1979年から95年までアンドレ・プットマン率いるエカール・インターナショナルに在籍し、独立後も家具や舞台美術の分野で精力的に活動するモワナーは、老舗グランメゾンのブランドイメージを、インテリアを通していかに表現したのか。彼自身のデザイン哲学、素材やディテールへのこだわり、そしてプットマンとの思い出などについて、2回にわたり紹介する。
インタビュー・文/岸上雅由子、写真/五十嵐絢也
——世界各地を飛び回り、カルティエの店舗を手がけています。
カルティエとのパートナーシップはすでに15年。これまでに340ものブティックを手がけてきました。現在もロンドン、ドバイ、カンヌという全く異なるロケーションでのプロジェクトが進行中です。ロンドンでは英国ならではの王室、階級文化を意識したクラシックコードを尊重。ドバイではイスラム文化特有のアラベスク(植物などをモチーフにした幾何学模様)を採り入れ、砂漠地ならではの光の戯れを意識しました。一方、カンヌでは南仏リゾートの開放的かつラグジュアリーな土地柄を反映させます。シーサイドに大きなウィンドウを設け、自然光がブティック内にふんだんに降り注ぐような設えになるでしょう。
世界各国、多種多様なロケーションにおいて、カルティエというメゾンの個性をいかに適応させることができるか。それが、私のミッションです。その土地ならではの文化、歴史、自然環境をモチーフに採り入れることは言うまでもありません。カルティエというメゾンを各々のロケーションに居心地よく住まわせるためのお手伝いをしているのです。
▲3代目ルイ・カルティエの肖像写真。彼の生み出したリストウォッチ「サントス」はカルティエの歴史的名品。
——今回グランドオープンとなった銀座についてはいかがでしょう?
日本、そして東京という枠組みにおいても、銀座という街は別格です。歴史に裏打ちされたストーリーを持ち、古き良き時代の面影を遺す街でもある。もちろん、最近ではファストファッションブランドが次々に進出し、若者層の取り込みにも成功しています。それでも、銀座はやはり、風格のある街です。流行に左右されない洗練、エレガンスを纏った大人の街なのです。新店舗は日本におけるカルティエの旗艦店となります。ですから、そんな街にしっくりと馴染む空間づくりを目指しました。
——具体的に新店舗のコンセプトについて伺っていきたいと思います。
実は私は、東京ととても深い縁があるんです。日本で最初のカルティエブティックを手がけたのは15年前。ここ東京です。当時のカルティエはまだこれほど巨大なメゾンではありませんでした。私の日本での仕事は伊勢丹や高島屋のショップインショップからスタートしたんです。
新店舗にも受け継がれている、当時からの一貫したコンセプトは「オテル・パルティキュリエ」。フランスで言うところの上流階級の瀟洒な個人邸宅をイメージしています。私邸ということで、あらゆるシーンが想定できますよね。ゲストを迎え入れる大広間もあります。かたやひじょうにインティマシー(親密)なサロンもあります。館の主と恋人だけ、またファミリーだけが集うプライベートなスペースです。ブティックを訪れるゲストや顧客の目的に応じて、差別化したスペースをレイアウトすること。それが、オテル・パルティキュリエというコンセプトの真髄です。
▲ブロンズ、グレーベージュ、シャンパンゴールドなどでまとめられた落ち着いた雰囲気のプライベートサロン。
——銀座ブティックはずいぶんと大きくなってしまいましたね(笑)。
そのとおりです。15年を経て、何よりアイテム数が圧倒的に増えました。個人邸宅といっても、3世代が同居するような大所帯になってしまった(笑)。日本における旗艦店ともなると、多くのフロアを用意しなければならない。ハイジュエリーからレディス、メンズウオッチ、ブライダル、ステーショナリーなど……さまざまなアイテムを紹介できるよう地下1階から3階まで、4フロア構成でゲストを迎えなければなりません。総面積にすると、約1千平方メートルにもなります。
ただオテル・パルティキュリエというコンセプトにおける軸をぶらすことはありません。さながらボールルームのような大広間がある一方、プライバシーが守られた小サロンも設けています。
——以前の銀座2丁目ブティックよりも、より落ち着いたクラシックな印象を受けました。
まず、全体のインテリアを統一するキーカラーとしてブロンズを選びました。ゴールドよりも柔らかさがあります。クラシックになりすぎず、エレガンスかつ控えめなイメージを演出できる、という点が決め手になりました。各フロアに用いたシャンパンゴールドやベージュとの馴染みもとてもいい。華やかでありながらも穏やかな寛ぎ感を与えることができると思います。
▲「光の使い方ひとつで、インテリアの印象は大いに異なります。空間演出の要となるのです」と話すブルーノ・モワナー。
——ディテールについてもお聞かせください。カルティエと日本とのつながりは19世紀末、ジャポニズムの流行まで遡ります。新店舗にも和のテイストが効果的に使われています。日本の美についてどのようにお考えでしょう?
カルティエはフランスにおいて、いち早くジャポニズムに着目したメゾンです。芸術、特に絵画の世界のみならず、ジュエリーの世界でも、それは行われていました。とりわけカルティエは日本の美に敏感だったのです。日本刀をはじめ帯の結び方からインスピレーションを得たブローチ、扇子や五重塔、提灯などのチャームをあしらったブレスレット、印籠をモチーフにしたヴァニティケースなどが19世紀末から20世紀初頭にかけて制作されています。
意匠のみならず、美意識そのものからも大いに触発されてきたことは言うまでもありません。私自身、デザイナーとしても、また画家としても日本の美に魅了されてきました。何より洗練された簡素さに惹かれます。引き算の美学、余白の美……などと表現されますが、最小で最大の効果をつくり出せるところが素晴らしい。日本の美にはそういった独特の神秘性があります。
——インテリアにおけるジャポニズムの特性とは何でしょう?
私は光の使い方、光のもたらす雰囲気にとてもこだわるタイプです。光は私にとって最も大切な表現要素なのです。間接照明によって生まれる柔らかな温かみのある空間づくりを好みます。光と影が強烈なコントラストを見せるのではなく、その境界線があいまいで一体化するような心地よさ、光に包まれるような穏やかさを理想とします。それは和の光にも共通するものです。和ろうそくの光。行燈の光。障子からにじみ出るような淡い光。まさに谷崎の名著『陰翳礼賛』の世界です。ほの暗さのなかで灯がほわーっとあたりを染めるような、ひじょうに繊細かつ上品な光の用い方です。実はこの書は私の座右の書でもあります。ええ、もちろん、谷崎文学の耽美な世界も私の大のお気に入りです。
▲和テイストのランプシェードからは柔らかな光がもれる。
——今、私たちがいるこの部屋(2階サロン)もまさにジャポニズムテイストに満ちていますね。壁の照明のランプシェードは和紙でできているのですか?
一見するとそう見えるかもしれません。でも、違うんです。フランス製の薄い特殊な素材を、金箔を幾重にも重ねるようにして手間をかけています。奥に飾ってあるキャビネットも、日本や中国で購入したアンティーク製品ではありません。れっきとした新品。私のオリジナルデザインで、日本古来の樹脂、漆を幾層にも重ね、あえて古びた風合いに仕上げています。私は常に「古いものを見直す」というスピリッツを提案したいのです。ただそのなかに遊び心も潜ませていますよ。扉を開けてみてください。中は黄金のミニバーになっています。そのギャップが私のデザインにおける魔法なんです。
▲漆塗装によりアンティーク調に仕上げたキャビネット。扉を開けると黄金のミニバーが顔を覗かせる。
——和の光とは対照的な1階エントランスホールの巨大なシャンデリアも印象的でした。
エントランスには華やぎが欠かせません。2階部分の吹き抜けにまで設置された巨大なヴェネツィアン・シャンデリアは、ゲストをハッと驚かせ、グランメゾンに足を踏み入れたという感動を呼び覚ますものです。ドラマティックな演出です。あのシャンデリアは本当にガラスの芸術品とも呼ぶべき逸品で、ムラーノ島の老舗工房であるバロビエ&トーゾが手がけました。誰もが思わず「本当に美しいですね」とため息をこぼします。ゲストの目線を上層部に導くという効用もあります。同時に、1階フロアから見上げるだけではなく、2階フロアから見下ろして楽しむこともできるというユニークなシャンデリアでもある。私たちは「光の滝のようだ」と評しています。何せ7メートルもの大きさなんです。
両脇にもシャンデリアを配しました。1つは全く異なったデザインです。シェードはガラスではなく、薄くスライスした石で丸い光の円をつくりました。何ともいえない、乳白色の穏やかな光を発します。どちらかというとジャポニズムな光ですね。ヴェネツィアン・シャンデリアとの絶妙なハーモニーを奏でます。
▲1階から見上げる視点(左)と2階から見下ろす構図(右)で趣を変える巨大なヴェネツィアン・シャンデリア。
——カルティエのブティック展開において特に配慮されている点はあるのでしょうか。
カルティエはフランスのグランメゾン。ファッションブランドではありません。フランスならではのさまざまなノウハウを受け継いできたメゾンなのです。時代のトレンドを意識することは大切ですが、それが最優先ではなく、私が重きを置くのは「時を超えて受け継がれる」という恒久性、永続性という価値観です。一過性で終わってはならない、ということですね。そこに伝統が生まれる。本質的なクオリティが生まれます。
ハイブランドのなかでも特にカルティエは伝統と革新をバランスよく体現してきたメゾンだと思います。そういう意味においても、銀座という街はカルティエのエスプリを表現しやすい土地柄です。ただクラシックなだけではなく、常にモダンな息吹を発信しようという街でもあります。それからもう1つ。これは基本中の基本ですが、インテリアを手がける者として、やはり一度訪れた方が、「また訪れたい」と思ってもらえるようにゲストに魔法をかけたい。この仕事を始めたときから、そういう思いは変わらず抱き続けています。見慣れた光景のはずなのに、少し角度を、視点を変えただけで新たな発見をもたらしてくれる。その日の気分によっても印象が異なる。私は常に手をかける空間に、そういった魔法の仕掛けを施したいと考えています。
▲ヨーロピアン・シャンデリアと対を成す、石のランプシェードを用いたシンプルな意匠のシャンデリア。
後編につづく