セイコーウオッチ シリーズ広告
「着けた人が輝くために」/前半
「リフレクション編」

AXIS177号に掲載されたシリーズ第1弾の広告。

AXISではセイコーウオッチのデザイン部門が手がけるシリーズ広告を掲載中です。1つのメッセージを伝えながら全6回を前半と後半に分けビジュアルをがらりと変えるという実験的な趣向。前半の「リフレクション」編がすべて掲載された時点で、同広告のデザインを担当する丸山哲朗さん(デザイン統括部)とデザイナーの平松維実さん(広報宣伝部)に企画意図やコンセプトを聞きました。

デザイン統括部 ディレクターの丸山哲朗氏(右)と広報宣伝部 課長の平松維実氏。

3つのデザイン指針

前半3回の「リフレクション」編の掲載が完了しました。改めてコンセプトを教えていただけますか。

丸山 2009年にセイコーデザインのフィロソフィーをまとめる機会があり、デザイン統括部のメンバーと話し合いながら3つのデザインの指針を定めました。

(1)grabs your eye(眺めて強く)
一瞬で目を釘付けにするような、大胆で独創的な存在感のあるデザイン。

(2)fills your soul(見つめて深く)
そして時計を手に取った人がその繊細なディテールやこだわりに魅了され、心が充たされていくようなデザイン。

(3)illuminates your life(着けて輝く)
最終的に時計が着けた人の個性やキャラクターと調和して、その人を最も魅力的に演出するようなデザイン。

今回のシリーズ広告では、3つめの「illuminates your life(着けて輝く)」に焦点を当てることにしました。セイコーデザインは腕時計を着ける方の魅力を演出して、その生活や人生に輝きを持たせるためにある、私たちはいつもそういう気持ちを持ってデザインしているということを伝えたいと考えました。

製品にフォーカスした通常の広告とは全く異なる表現になりましたね。

丸山 腕時計のかたち、美しさ、機能や先進性などはセイコーブランドとして別の方法で訴求しています。しかし今回はその根本にある、私たちデザイナーの気持ちを皆様に伝える機会ととらえています。ともするとデザイナーは自分の表現したいかたちや新しいものに走りがち。しかし本来はお客様に満足していただく立場、それがデザイナーのあるべき姿ではないかと自戒のメッセージを込めているところもあります。

AXIS178号の第2弾広告。

「リフレクション(反射)」というアイデア

フィロソフィーでは「illuminates your life」ですが、広告では「illuminates your time」となっています。

丸山 前半のリフレクション編は「time」で、後半は本来の「life」になります。いきなり「life(人生、生活)」という大きな概念を提示するより、プロローグとして、まずはセイコーウオッチのイメージに直結する「time(時間)」という言葉を打ち出すことにしました。

前半の「リフレクション(反射)」というアイデアはどこから生まれたのですか。

平松 10数年前になりますが、ある方が時計にまつわる思い出を語ってくださったことがあります。「自分の子供が生まれるとき、待合室で今か今かと待ちながら何度も腕時計を見ていた。そこにどんな光が映り込んでいたか今も頭に焼き付いている」と。それがセイコーの時計だったそうなんです。ふとそのことを思い出して。腕時計には出産や結婚、社会人としての門出といった人生のさまざまなシーンが映り込み、その人が時計と共にどんな時間を過ごしたかによって価値が高まっていくという独特の価値観があるのかなと思いました。それを象徴的なビジュアルで表現してみようと考えたのです。

CGではなく撮影のみでこのビジュアルを実現するのは難しかったのではないでしょうか。

平松 普段、時計を撮影する際、鏡面のように磨いてある時計にただライトをあてても、そこに反射している照明が映るだけなので、金属の質感表現が難しいのですが、その反射する特性を逆に活用してみました。ただ腕時計は小さいので、普通に赤い光をあてると全部赤くなってしまう。そこで細かく映り込む色の違いを出すために、小さな光源のLEDでいろいろな光を出す装置を自作しました。秋葉原でパーツを買ってきて、つくっては試しながら撮影手法をやりたい表現に近づけていったんです。

具体的には10秒くらいの露光時間の間に複数の角度から光をあてていきます。時計の周りに映っている光の線は、シャッターが開いているあいだにLEDを手で素早く動かした軌跡です。ほかにも背景にキラキラと反射する材料を敷くなど、社内にある時計専用の撮影スペースにこもって試行錯誤しながらイメージどおりの絵ができるまで延々と撮影していました。

丸山さんやデザイン部門の反応はいかがでしたか。

丸山 私自身は一瞬ちょっと驚く感じはありました。今までこういう表現でやったことがないので。でも決してきれいに商品を見せることだけが広告宣伝ではないし、社内に対して“一石を投じる”ほどではありませんがこういうやり方があってもいいんじゃないかなと思います。一緒に進めてきたデザイン統括部のディレクター陣にも「インパクトがあって面白い」と好評です。

AXIS179号の第3弾広告。大きな画像はこちらからご覧ください。

自分たちのデザイン活動の棚卸し、その良い機会として

これから掲載がはじまる後半についても教えていただけますか。

丸山 後半3回は「腕劇場」編と名付けています。腕時計は単に時間を知るための道具ではなく、使えば使うほど愛着が湧いて自分の相棒のような存在になってくる希有なプロダクトだと思うんです。そのことを踏まえて私たちは日々デザインしていますが、表現は違ってもデザインに込めた哲学は1つなんです、ということを伝えたい。セイコーの腕時計を着けている方にエールを送るような、応援の気持ちが伝わればいいかなと思います。完結編では、国境、性別、年齢、職業を越えて、すべての“あなた”に輝いてほしいというメッセージを込めました。前半とはまったく毛色が異なるので、ぜひ見比べていただきたいです。

今回のシリーズ広告への取り組みを通じてデザイン統括部として変わったことや感じたことはありますか。

丸山 セイコーデザインのフィロソフィーをどのようなビジュアルで表現するか、ディレクター陣でかなり議論しながら若手デザイナーからもアイデアをもらうなど、まるで自分たちのデザイン活動の棚卸しをするような難しい作業でした。でもメンバーにとって「自分たちの存在意義はいったい何なのか」ということについてより深く考えるよい機会になったと思います。

全6回が終わったところで、なんらかのかたちで社内外へのアピールなどの活動はしていこうと思っています。まずはフィロソフィーが1つの目に見えるかたちになった、ゼロがイチになったということで、今後もっとこういう実験的な表現ができるんじゃないかなど、次の世代のデザイナーが考えてくれる材料にしたいですね。(インタビュー・文/今村玲子、写真/西田香織)

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