第6回
「Hyggeと共生デザイン」

Photo: Denmark Media Center / Photographer Kristian Krogh

デンマークでCPSが浸透しても、技術と自然のバランスを保ちながら理想的な社会システムを築くことができる1つの理由として、共生(ともいき)デザインが挙げられる。デンマークで共生デザインが生まれる背景としてさまざまな要因があるが、特に重要なものとしてHygge(ヒュッゲ)があると思う。Hyggeはデンマーク人に言わせると、明確な定義はなく外国人には決して理解できない風習とのことだが、茶道などを嗜む日本人には十分共感できる概念である。むしろ筆者はHyggeと禅に、ある部分において類似性があると考えており、最近デンマーク人のデザイナーと意見交換した際、かなり多くのデンマーク人がHyggeと禅の関連性を肯定的に捉えてくれた。

明確な定義がないHyggeの条件(したがってHyggeそのものの説明ではない)を敢えて言葉で説明すると以下の様なものになるらしい(デンマーク人の著名なデザイナーが解説したもの)。「自宅で暖炉の火を前に長椅子や心地良い椅子に座り、周りには子供たちがいる。テーブルにはキャンドルが置いてあり、部屋のコーナーにはランプ、そしてポットには挽きたてのコーヒーが入れてある。あなたは落ち着いた雰囲気の中で安心と幸福を実感する。クリスマスは典型的なHyggeを感じる季節であるが、夏でもHyggeを感じることはできる。サマーハウスで家族、親しい友人と誕生日など特別な日を祝っている。テーブルにはデンマークの国旗が飾ってあり、ビールとスナップス(アクアビットなどジャガイモを原料とした蒸留酒)がある。庭では青空の下子供たちが遊んでいて幸福感に満ちている」。日本では、Hyggeを「居心地の良い雰囲気の中で、人と人の触れ合いから生まれる愛情に満ちた時間」とか、あるいは「人々の触れ合いの中で生まれる、心地よく幸福な雰囲気」などと訳されているが、デンマーク人によるとこうした枠にはめた説明は表面的でHyggeを全く表していないという。

なぜか? これらの説明は、単にHyggeを経験できる場や環境、そして雰囲気の説明であり、Hyggeを通じて得られる本物の体験は決して言葉では表現できないからだ。わかりやすく言うと、座禅で三昧の境地を言葉では置き換えられないのと同じことである。デンマーク人との議論で、結局Hygge、禅とも感覚や言葉の先にある「何か」があり(禅や仏教では「悟り」なのだが)、それは幸福感の源泉で、もしかしたら人生そのものかもしれない、こうした形而上的な概念は自然との共生精神を有している民族でないとなかなか理解できないものであるとの認識で合意した。

そして、デンマークではHyggeを導くツールとしての家具や灯り、照明が重要となる。決して物質的な物がHyggeを定義付けるわけではないが、職場や学校でHyggeを体験できないように、ある限定された環境をつくり出す小道具、そしてより深いHyggeに導くデザインが無意識の内に考慮されているのは事実のようである。例えばフィン・ユールは生活者の視点から家具をデザインしたと言われている。自分が生活するために欲しい家具を、自然や生活全体との調和の中で考えてデザインした。と言うことは当然フィン・ユールも自らデザインした椅子や家具に囲まれたHyggeをイメージしていたと想像される。デンマークのデザインはどうしてもエレガンス、簡素、機能美など外観の視点で語られることが多いが、こうしたデザインが内包する精神、共生(ともいき)、Hyggeの視点で捉えると新たな発見があると思う。(文/中島健祐、デンマーク大使館 投資部門 部門長)

中島健祐/通信会社、コンサルティング会社を経てデンマーク大使館インベスト・イン・デンマークに参画。従来までのビジネスマッチングを中心とした投資支援から、プロジェクトベースによるコンサルティング支援、特にイノベーションを軸にした顧客の事業戦略、成長戦略、市場参入戦略等を支援する活動を展開している。デンマーク大使館のホームページはこちら